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元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
『破滅の王』  上田 早夕里
2019-02-22 Fri 16:37
破滅の王
破滅の王
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上田 早夕里
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 宮元敏明は満州事変から4年経った中国へ渡り、上海自然科学研究所の細菌学科で働くことになった。友人もでき、大都市の中の国際色豊かな研究所生活を楽しんでいたが、日中の対立は次第に激しさを増していく。宮本の友人・六川も行方不明になった。
 ある日、日本領事館に呼ばれた宮本は、バクテリアを食べるバクテリア「R2v」、暗号名「キング」の存在を知る。コレラに似た強い毒性を持っているが抗生物質が効かず、目下のところ治療法は皆無だと言う。生物兵器として作られたキングは、自然界に存在した細菌から人為的に作られた。しかしキングが作られた研究所は閉鎖され、開発社・真須木や研究員は死亡、混乱に乗じて研究文書と菌株を持ち去った人物がいると言う。
 キングについて調べ始めた宮本の下に、半年間行方不明だった六川の死体が見付かったと知らされた。六川は何らかの事情でキングの存在を知り、ワクチンと治療薬開発を試みようとしていたようだった。
 

 序盤は時代背景の説明が細かかったため、知性も教養もない私は時間を掛けてもなかなか読み進められないで難儀した。宮本と灰塚が出会った辺りから急に面白くなり、軍への協力に抵抗を見せていた宮本が否が応でも戦争に巻き込まれていく辺りから面白いというより空恐ろしさから読み止めがたくなっていった。さすが直木賞候補作品。
 宮本のジレンマは、まだ軽い。キングの開発に携わってしまった早川と兄の六川、マッドサイエンティストになり下がりキングを作り上げ人体実験の要望まで出すようになった真須木、真須木とは古くからの友人でありながら最期に青酸カリを注射したうえに解剖までさせられた藤邑。この時代は誰しも戦争から無関係ではいられなかったし、抗えなかい悲しさやつらさは想像を絶する。
 そんな中で断じて科学者であろうとした宮本達や、軍人然とした冷酷さの灰塚少佐が内に秘める真の軍人像を持っていることには感動すら覚えた。生真面目な木戸少尉が時折表情豊かになるところなんて、何だかかわいい。
 ただ、その背景にはかくも悲惨な戦争がある。物語の中に西暦の年数が出る度に祈りのような気持にさせられた。早く1945年になってくれと、何回も思った。
 ラストは美しいけど、やっぱり宮本と灰塚はもう一度会ってほしかったなぁ。補記として灰塚は行方不明、宮本はキングの研究に障害を費やしたことが書いてある。記録に残ってないだけで灰塚はどうにかしてドイツから日本に戻り、戦後の日本で宮本と交流していて欲しい。
 この本は時代背景を細かく描写してあるし、実在の人物の名前も多く登場する。これって本当の話?キングって本当に存在するの?え?フィクション?あれ?やっぱ実話?と、読みながら何度も考えた。このリアリティ、相当に調べ上げられてるんだろうとおもったら、巻末の参考文献の多さが凄い。
 補記に「R2vは、まだ世界各地に生息している」とあって、私の中で実話確定したけど、最後の最後に補注である菌をモデルにしてあるだけであることが書かれていてホッとした。でも、戦争中にあらゆる国で似たようなことが行われていたことは事実だ。人としての尊厳を奪われそうになりながらも守り通した人達の存在に、感謝したい。
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