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元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
『百年泥』  石井 遊佳
2018-11-12 Mon 14:38
百年泥 第158回芥川賞受賞
石井 遊佳
新潮社 2018.01
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 「私」が日本語教師として滞在しているインドのチェンナイ市で、アダイヤール川が氾濫して百年に一度の大洪水が起こった。三日目に水が引いて外に出ると、アダイヤール川に架かる橋に百年分の川底の泥とゴミが積もっていた。人々はそこから、長らく会えなかった家族や友人を掘り出し、何事もなかったかのように連れて帰る。ふと「私」は、昨日まで理解できなかったタミル語がわかるようになっていることに気付いた。
 アダイヤール川の橋の上で「私」は、日本語クラスの生徒・テーヴァラージに声を掛けられた。絶世の美形である程度の日本語を操る彼は、いつも授業をかき乱して「私」を困らせている。交通違反でペナルティーワークをしていた彼が熊手で泥の中から様々な物を掘り起こしていくが、その度に「私」やテーヴァラージの奇妙な過去が紐解かれていく。


 わりと序盤の、インド人の重役は飛翔で出勤する件でとりあえず1回頭がパンクした。腕に翼を付けて飛んできて、着いたら翼を管理する係の人が翼干場(よくひじょうって読むの?)に並べていく。
 数年前にインドで洪水があったニュースを見た気がする。その時の話かな?と思って読み始めていた私は、飛んで出勤するというファンタジーがなかなか受け止められなかった。何とか論理的に理解しようと何度も読み返して、やっぱり翼を付けて飛んでいるんだとわかって衝撃。インド滞在記を描いた純文学で、芥川賞じゃないのか。
 読み始めはインド滞在記と思わせられたけど、泥の中から何年も前に行方不明になった人々が掘り起こされて誰かに連れられ普通に動き出しす。さらになぜかアダイヤール川底の泥の中から次々に掘り出される「私」縁の品々、生徒達によって何度も脱線する日本語授業の話やら、テーヴァラージが子供の頃に見世物芸人父と旅していた話やら、「私」の母は人魚だったとかの回想が、息継ぎなしの感覚でどんどん起こる。どこまでが何の話か何度も見失いそうになったけど、不思議とつまらなくはなかった。
 泥から出てきたのは、人々の歩まれなかった人生が百年泥。それで全ての決着が着いたように納得がいった。私自身は良く知らないインドという国の、混沌のイメージが文字になってるように感じる話だった。
 混沌、本当にこの言葉でしか説明できない。百年泥を目の前に、全て「私」の白昼夢なんだろうけど、もしかして本当にインドの混沌なのかも、とか考えてしまって面白かった。
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