元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
『羊と鋼の森』  宮下 奈都
2017-06-26 Mon 23:29
羊と鋼の森
羊と鋼の森
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宮下 奈都
文藝春秋 2015.09.11
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 第13回、2016年本屋大賞受賞作品。
 「僕」こと外村は、北海道の辺鄙な集落出身の青年。高校生の時に調律師・板鳥のピアノの調律に居合わせて深く感動し、調律師を目指す。専門学校を出て調律師となった外村は板鳥と同じ会社に楽器店に就職し、7歳年上の先輩・柳の調律に同行して修行を積んでいく。会社のピアノを何度も調律したり、皆無だった音楽の素養を埋めるためにクラシックのCDを聴き込んだりと、考え得る限りの努力を続けるが、理想の調律にたどり着くのは非常に難しいことだった。


 グランドピアノの屋根が開いた時に「森の匂いがした」と表現し、心に浮かんだ森の様子を語る冒頭から繊細で美しく穏やかな表現が際立った話だった。音楽と文学の間って感じ。これで心揺さぶるような出来事が入ってたら、ドはまりしただろうなぁ。
 調律って、ただ決まった音に合わせるだけじゃないんだね。ピアノの弾き手によって求める音の出方があって、それは弾き手にしかわからない。下手したら弾き手にもわかってない。曖昧な感覚表現を、調律師と客とのコミュニケーションの中で探っていくしかない。その表現が、音楽なのにとても文学的だった。
 でも私はちょっと肌に合わなかったなぁ。読み始めで、これ苦手なやつかも・・・と思った通り。女性が描く男性主人公って、たまにこんな感じの生気ない草食系男のになるのは、あるある話だと思う。それが物語の静かさと相まると、ちょっと退屈。静かで美しい表現の話が大きな山場を迎えた時と収束する時の感じは大好きなんだけど、残念ながらこの『羊と鋼の森』は大きな出来事もないまま終わってしまった。主人公の努力もどことなく他人事のような語りだし、職場の人もいい人ばかり。お客さんも奇抜な人はいない。ヒューマニズムが薄かった。 
 強いて言えば、外村が気に入っている双子の高校生の陽キャラが精神的な病気でピアノが弾けなくなった事かな。でも、掘り下げることなく前向きにあっさり終わった。祖母の死によって弟とのわだかまりが少し解消した事とか、長年調律しないまま弾かれていたピアノの調律後に持ち主が弾いた「子犬のワルツ」が素晴らしかったとか。うーん、どれも些細な出来事に過ぎない。
 表現も場面も穏やかで静かで美しい。読んでいて穏やかな気持ちになれるんだけど、私はもっと気持ちが揺さぶられる話が好きだから、こんなα波出てるような文学は苦手。読んだことある本屋大賞受賞作品が、ワクワクする話とか滂沱の涙が出る系の話が多かったから、変な期待もあったのかもしれない。本屋大賞ってもうちょっとエンタメ性がある物だと思ってたけど、純文学みたいなものが選ばれることもあるんだなぁ。でももし、私にピアノが弾けたらもっと感動できたのかなぁ。
 あ、点在する名文は秀逸だった。印象深かったのは女子高生・和音が「ピアノで食べていこうなんて思ってない」「ピアノを食べて生きていくんだよ」というシーン。それから、お客さんに恵まれていると言う外村に「何かに恵まれてはいない。外村の実力だ」と言う先輩の言葉。それから中盤に遡るけど、「才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ。あるのかないのかわからない、そんなものにふりまわされるのはごめんだ。もっと確かなものを、この手で探り当てていくしかない」という外村の考え方は、本当に胸を突かれた。
 今もそうなのか知らないけど、私が子供の頃は「誰もが何かの才能がある。自分の才能を見付けるために色んな事にチャレンジしよう」という考え方がメジャーだった。その探し方もわからないまま大人になって、ただのダメ人間になってしまったわけだけど。「才能」が不確かな物って考え方に、そうだ!確かにそうだ!と、じわじわ納得していった。実力は「ある」んじゃなくて、付くものなんだ。才能がなくても、実力は付くんだ。チャレンジするって事が苦手な私にとって、深い感慨を呼び起こす文だった。

 最後に内容とは関係ないことであり、感じたのは私の集中力不足のせいかもしれないけど、場面転換がわかりにくくて前に戻って読み直した事が数回あった。章が途切れて数行空くのがちょうどページの境目だったりページ終わりだったりで、章が変わったのに気付かないで読み続けて違和感を覚えて読み戻す。車に乗ったはずなのに突然歩きながら話してたり、会社で話してたはずなのに客先にいたりして、あれ?ってなる。章と章の間がわかりにくいだけじゃなくて、場面が変わっても雰囲気が変わらないからしばらく違和感ないってのが原因だと思うんだよね。
 1回くらいなら目が滑ったと思ってスルーするけど、3回くらいあってちょっとイラッとした。
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