元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
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『邂逅の森』  熊谷 達也
2016-08-15 Mon 08:43
邂逅の森
邂逅の森
posted with amazlet at 16.08.12
熊谷 達也
文藝春秋   2004.01.28
売り上げランキング: 92,875

 第131回直木賞、第17回山本周五郎賞受賞作品。大正時代に東北地方の阿仁でマタギとして生きた松橋富治の半生を描いた物語。
 貧しい小作農の家に生まれた富治は、父や兄同様マタギを生業に生きていくつもりでいた。しかし地主の一人娘・文枝を孕ませた事により村を追われて、炭鉱で働く事になる。
 炭鉱夫として一人前になった富治が面倒を見ることになったのは、小太郎という悪い奴ではないが一筋縄ではいかない見習い鉱夫だった。ひょんな事から小太郎から尊敬を受けて慕われるようになったために、富治は仕事仲間達から頼りにされる存在となる。
 その小太郎が雪崩で九死に一生を得たことで鉱夫を辞めると言い出した。一緒に自分の村に来て狩猟組を作る提案を一旦は断った富治だったが、射止めたクマを手土産に小太郎の村を訪れる事にした。
 小太郎の家には両親の他に、男漁りに勤しむ姉のイクがいた。そのイクと結婚するという条件付きで村に住まわせてもらう事になった富治は狩猟組を作り、頭領(スカリ)を勤める。
 一人娘のやゑを嫁に出して再びイクと二人で生きて行こうとした矢先、長年熊の肝を買い取ってくれていた喜三郎を介して文枝に会う事になった。富治と文枝の間の子・幸太郎は継父と折り合いが悪かったが、とうとう家出した。富治に会いに来たに違いないと言う。富治の留守中に幸太郎とイクが会ってしまい、イクは富治のためにと家出をしてしまう。イクを説得して連れ戻した富治は、山の神様にタテを収めてマタギを辞めるべきか問うために、狩りに出た。

 深くて濃い・・・。濃厚過ぎて一体どこまであらすじとして書いたらいいのか悩んだ末、結局ほとんど書いてしまったように思う。どんな生き方をする富治も省けなかった。
 マタギ=猟師さんという知識程度しかない私は、冒頭のアオシシ(ニホンカモシカ)狩りで惹き込まれた。方言とマタギ用語が入り乱れる厳しい寒マタギの世界が、幻想的ですらある。でも幻想と言っちゃうと、寒マタギの過酷さが霞んじゃう気がする。想像を絶する世界なんだろう。用語やしきたりが独特だけど、物語の進行を損なわない程度にわかりやすく説明されていて狩りの臨場感が迫りくるような物語だと思う。
 山では完全なる男社会の中でありながら、村での生活で性の話が物語に彩りを付けている。箱入り娘で男を知らなかった文枝との密会に夢中になる富治は、狩りに身を置く姿とは真逆の情動的な様子だった。「夜這い」は現代の考え方から見ると犯罪だけど当時は女性も当然と受け止めて、むしろ楽しみにしている事に驚かされる。ところが地主は夜這いの風習を良しとない人間で、そんな点にも近代思想が少しずつ浸透し始めているところが伺えた。
 地主の差し金で鉱山で働く事になった富治は、文枝に夢中で歯止めが利かなかった頃とは一転してまたストイックで男らしい。寡黙で目上を敬い、目下にも敬意を払っているように見える。前半ではマタギ衆の中でも最若手でいつか腕を認められたいという野心を持ち、文枝との逢瀬を止められない若さ溢れる姿だったのに、村から出て一人立ちするとこんなに立派な青年だったとは。鉱山での生活も、鉱夫を辞める時も、イクを娶るか迷う時ですら、自分と向かい合うとために行動した先に結果が待っているという姿勢が格好良かった。
 「邂逅」とは何だったのか。最初は、獲物との「邂逅」だと思った。読み進めると、もっと荘厳な自然との「邂逅」かと考え直した。でも結局、マタギとして生きた富治が自分自身と「邂逅」したのかなぁと思っていたところに、マタギを辞めるか悩んだ富治が山の神に聞こうと猟に出てヌシを負うと決めたシーンを読んで、神との「邂逅」だったのかと思った。神というか、運命というか・・・。それとも、人との「邂逅」の度に新しい世界が開けていった富治の人生だったのか。
 生きたいという本能よりイクの顔を思い描いて力を振り絞り、使い物にならなくなった足を切断して歩き始めた富治の鬼気迫るシーンは、恐ろしささえ感じた。そこで!?ってとこで終わったけど、その先には穏やかな幸せしかなさそうで、波乱に満ちながらも実直に生きた富治の人生が今後は穏やかである事を願ってしまう。 
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