元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
『切羽へ』  井上 荒野
2008-12-05 Fri 22:21
切羽へ切羽へ
井上 荒野

新潮社 2008-05
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 島唯一の小学校で養護教師をしながら画家の夫と静かに暮らす「私」こと麻生セイ。春休み最後の日、「私」は島に転任してきた音楽教師の石和聡と出会った。それ以来石和の存在が気になり、何となく目で追ってしまうようになっていく。
 第139回直木賞受賞。

 夫ある身の主人公が突然島に来た男性に惹かれていく話だということは知っていたけど、本当にそれだけの話だった。
 東京に住んでいる妻帯者と不倫関係を続けている月江、憎まれ口を叩くことがコミュニケーションとなっているような老婆のしずかさん、あどけない子供達なんかに囲まれた「私」は、静かに石和のことを目で追っている。「私」自身は惹かれていることに気付いていないような描かれ方にもどかしさすら感じる。
 前半では取り立ててどうということもない島での日常が描かれ続けたけど、あまりの文章の巧みさにするすると読んでしまった。流れるようなきれいな文章で、半分以上読んでから、あれ?まだ何も起こってないような・・・と我に返った。だからといって詰まらないわけじゃなくて、この文章を読んでいること自体が目的になっているくらい巧みな文章だった。さすがサラブレット、と言うと失礼かな。
 物語は何も進展しないながら、夫との仲は少しずつすれ違いが起こるようになってくる。これも変化が小さすぎてわかりづらかったけど、最初の方だけ再読してからそう思った。最初は夫婦が穏やかに愛し合っている感じだったのに、いつの間にか夫の影が薄く感じるようになっているように思う。「私」視点を書きながら少しずつ仕掛けられた作者の罠に、私は次々と引っかかっていったみたい。いつしか印象の薄い夫だ思うようになっていった。
 「切羽」をずっと「せっぱ」と読んでたけど、「きりは」と読むそうだ。トンネルを掘っている時の一番先端の部分を「切羽」と言うらしい。トンネルが貫通すればなくなってしまう切羽。「私」は切羽まで行かなかった。石和も寸前で止まった。
 切ないようなほっとしたような、でも穏やか過ぎる結末に拍子抜けしたけど、不思議と退屈とは感じなかった。チープな言い方をすると、大人のプラトニックラブってやつですかね。
 「切羽」とは作者の妹の名前でもあるそうだ。「荒野」と「切羽」って、和風響きが美しい名前だと思う。

 物語始まってすぐの夫婦の会話で、舞台は長崎じゃないかと思った。地元の言葉なんで、ほんの一言二言でピンとくる。その後に出てくる海産物で、やっぱりそうかと思った。途中で大村空港という丹後が出てきたんで、もう間違いない。ネットで調べたら、舞台は崎戸島らしい。
 私は今でも実家に帰ると自然とこれに近い言葉づかいをしている。たまに配偶者が首をかしげるほどだ。この作品ではわかりにくい方言は避けてあったけど、自分が使う方言を文章化されると何とも不自然に感じてしまう。大阪弁とかの方がすいすい読んでしまうのは不思議だ。
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