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元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
『騙し絵の牙』  塩田 武士
2019-07-21 Sun 15:54
騙し絵の牙
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塩田 武士
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 大手出版社のカルチャー雑誌『トリニティ』編集長を務める速水は、有能かつユーモラスな男だ。嫌味な上司を持ち上げつつも屈することなく、部下からの信頼が厚く、尊大な作家の扱いが上手く、緊張した空気をあっさりと霧散させ魅力を持っている。
 出版業界は右肩下がりで、特に雑誌は各社が次々に廃刊に追い込まれている。『トリニティ』も黒字化がなければ廃刊だと上司・相沢に言われ、速水は『トリニティ』存続のために奔走する。
 家庭では妻との関係は冷え切っていたが、中学受験勉強に勤しむ5年生の娘・美紀は可愛かった。速水自身は夫婦関係の現状を仕方ない物だと割り切っていたが、ある日書店の店長から妻・早紀子が万引きをしたと連絡を受ける。追い詰められた様子の早紀子だったが、修復することなく放置し続けていた結果、離婚を告げられてしまった。


 有名な役者が表紙ってちょっと驚いたけど、読み始めてすぐにはまり役だと気付いた。コミュ力に長けてて、おちゃらけてるけど実は頭の回転が早いとこ、私の中の大泉洋は、まさにそういう印象だった。各章の終わりに写真が挿入されてるけど、表情ひとつ演じられるって凄いなと思わされた。プライベートの大泉洋は全く知らないけど、この本の主人公・速水がその場の空気を力任せに変えられるとこなんかは大泉洋ならできそうな気がする。奥さんと不仲っていうのは不本意だとは思うけど。
 高圧的で嫌味な上司や、尊大な作家、実力はあるのに目を出せないでいる若手作家、無能だったり面倒だったりする部下達、食えない取引先etc. その中を飄々と渡り歩いているように見えて、実は重圧を跳ねのけるために必死にバタついて『トリニティ』を守ろうとしている様子がタイトルの「騙し絵」だと思ってた。冗談の応酬や、バリカンの場面や堀江淳の「メモリーグラス」に乗せて「版権をください~」の力技なんか、速水の立ち回りの上手さに感心する。
 と見せかけておいて、実は『トリニティ』への拘りは深い物だったという最後の展開こそが、「騙し絵」だったことが判明する。散々速水の出来る男っぷりを見せつけておいて、でも世の中の雑誌離れと会社員の世知辛さに負けた、と見せかけておいて新しい事業を立ち上げる。さっすがやり手の速水!と思っていたところに、急に速水の抱えていた物が明かされて、初めてその執念の重さに苦しくなった。
 私は昨今の活字離れによる本や雑誌の売り上げ低下は、むしろ良質な物だけが残っていくから良いことだと思っていた。だけど決してそれだけではない、色んな犠牲や思いを踏みにじった上に成り立っていると知って、今更ながら文学という物への自分の考えの浅はかさを噛み締めた。
 よく出来た小説だったと思う。ぜひ、大泉洋主演で映像化を。
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『ファーストラヴ』  島本 理生
2019-01-09 Wed 17:41
ファーストラヴ
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島本 理生
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 アナウンサー志望の女子大生・聖山環菜が、父親を刺殺した。彼女のルポルタージュ執筆を依頼された臨床心理士「私」こと真壁由紀は、ルポ執筆の依頼をされる。偶然にも環菜の国選弁護人に選ばれたのは、由紀の夫の義弟・庵野迦葉。2人は協力しながら環菜との面会を重ね、本人もわからないと言う動機を探っていく。
 実の母親は検察側として出廷することになっており、現状不利な環菜のために協力し合っていた「私」と迦葉。2人は、次第に過去の確執とも向き合っていくことになった。

 
 大人しくて気弱そうで頼りなげな環菜ちゃんは、ずっと何か裏にある感じを秘めたまま話が進む。環菜ちゃんは自分のことを「嘘つき」と言い、母親は彼女を我が儘娘のように言い、元交際相手達は浮気性だとか虚言癖や感情の起伏の激しさを語る。何かを秘めてる様子だけど、語らないのか語れないのか、真実へは牛歩の歩み。だけど色んな人からの断片的な話を集めてようやく真実にたどり着く。
 環菜ちゃんは故意に何かを隠してるのかと思ったら、ずっと存在ない物として扱われてきた自分の不快感や恐怖感に蓋をすることに慣れ過ぎてしまってたんだね。性的な視線を向けられることから逃れさせてもらえないという、なかなか注目も理解もされにくい形の虐待にスポットが当たった話だった。弁護士も「軽い虐待」って言ってたけど、軽いために表面化しづらく、本人も不快感を説明できないまま無自覚のトラウマが残っている。こんなデリケートで壊れやすい題材、下手したら駄作で終わるところなのに、ちゃんと考えさせられる話になってるのが凄い。
 環菜ちゃんと同時進行で同じくらいゆっくりと進んで行く、「私」と迦葉の関係。「私」はルポのため、迦葉は裁判のために協力し合っていたけど、こっちはこっちで始めから過去になにかあった雰囲気を漂わせまくり。「迦葉君」「お義姉さん」と呼び合ってたのに段々呼び捨てで呼び合うようになっていって、これ絶対昔男女の仲になったってやつじゃん!と思ってたけどもっと深かった。父親の児童買春を知ると同時に自分も性的な目で見られていたことに恐怖した「私」と、母親に虐待され8歳から伯母夫婦に育てられた迦葉。心の友って言ったら安っぽくなってしまうけど、同類同士で安心を求めあったというか。
 タイトルの『ファーストラヴ』って、何を意味してるのかなぁ。環菜ちゃんの?由紀の?迦葉の?このタイトルとこの表紙は、ちょっと損してる気がするなぁ。より多くの人に知ってもらいたい虐待の形なのに、こんな不穏な作品を好む人には訴えかけが薄いし、恋愛物を好みそうな人には内容が合わないと思う。
 あと、主要人物が美形だらけなのはいただけない。環菜ちゃんがついつい橋本環奈ちゃんで脳内再生されてしまったのは置いといて、不細工だったら男性に押し切られる経験はそうなかっただろうから美形設定なのは必然。主人公の義弟が優秀で飄々としたイケメンっていうのも、ありがちかな。殺された環菜ちゃんの父親も血は繋がってないながらイケメンで、「私」も我聞さんから一目惚れされたって辺りで辟易し始め、実は我聞さんもメガネを取ると超イケメンときて、何だかなぁって思う。深い話なんだけど、安いテレビドラマみたいな締め括りで微妙。作者のコンプレックス?それとも、過剰反応してしまってる私がコンプレックス?
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『ホテルローヤル』  桜木 紫乃
2018-10-05 Fri 15:44
ホテルローヤル
ホテルローヤル
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桜木 紫乃
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 女子高生と教師の心中をきっかけ経営が傾き、閉鎖され、やがて廃墟となったラブホテル「ホテルローヤル」。そのホテルを軸に時間を遡りながら、大なり小なり関わって来た人々の行き詰った心情を描く短編集。


「シャッターチャンス」
 付き合っている男性に頼まれて、ヌード雑誌に投稿するための写真を撮影を承知した加賀屋美幸。気は進まないまま廃墟となったホテルローヤルに赴き、唯一使用感のある部屋で男に頼まれるがままポーズを取る。

 短大を出て13年目の美幸、という事は33歳くらいか。薹が立った女性と、再会した元上級生との恋人関係は、多分流れってやつなんだろうなと感じさせられる繊細な描写は凄い。ただ、面白くはないかな。
 計算された文章である事はもちろんの前提だけど、男の空虚を埋めるために自分自身を空虚にしていく感じが気持ち悪い。


「本日開店」
 「歓楽寺」の住職の妻である設楽幹子は、寺のために檀家4人の老人と交代で関係して、経済的に困窮している寺を助けることで容姿の劣った自分の役割を見出していた。しかし総代だった佐野家が代替わりし、老人ではなく比較的若い佐野敏夫に抱かれたことが奉仕ではなく快楽であることに戸惑う。
 別の日、幹子は建築会社の社長・青山の相手をしている時に、今は廃墟となったホテルローヤルの社長・田中大吉が死んだ話を聞かされる。その話の最中、幹子はかつて付き合っていた男から300万円を騙し取られた場所がホテルローヤルだったことを思い出す。
 誰も引き取りたがらなかった遺骨を預かっていた青山は、幹子に供養を託した。

 養護施設で育ち、劣った容姿のために里子になることもできないまま成長した幹子が心の拠り所を探したことを考えると哀れだと思う。
 寺の存続と、老人の萎れた欲望。人格者だけど男性として不能の夫と、自分の中の女性としての快楽。バランスの取れた需要と供給ながら、何だか絶妙に醜くて哀れで、変な嫌悪感を覚える。本尊の足元に置いたお布施が翌朝には消えていること、代替わりした佐野からのお布施だけは残り続けることが嫌悪感をさらに煽っていると思う。
 

「えっち屋」
 雅代の父・田中大吉がホテルローヤルを建ててから30年が経ち、雅代の母親が愛人を作って逃げてから10年が過ぎ、ホテルローヤルの3号室で心中事件が起こってから半年。雅代は父に代わって管理していたホテルローヤルを廃業することにした。
 営業を前日に終えて、アダルト玩具販売店「えっち屋」の営業・宮川に在庫を引き取りに来てもらった。世間話的に宮川の妻の話を聞いていた雅代は、ふと思い立って心中が起こった部屋で宮川とアダルトグッズを使おうと提案する。

 1話目、2話目で廃墟だったホテルローヤルが、閉鎖される日の話。ひとつ前の話で何気なく読んでいた田中大吉という人物が、急に実態を持って現れてびっくりする。そして1話目にあった3号室のベッドの乱れ、ボイラー室の鍵が開いていた件にも繋がってている。
 ただ、前の2話に漂う閉塞感と違って、前進する力強さや希望を感じて一旦ほっとできる話だったと思う。両親が自分もホテルローヤルも捨ててどこかに行ったというのに逞しくて前向きで、1話目や2話目の時代ではどこかで肝っ玉母ちゃんにでもなってて欲しい。


「バブルバス」
 高校受験を控えているが成績の悪い息子、学校へ行ったり行かなかったりの小6の娘、個人経営の家電販売店を畳んで大手家電量販店に再就職したものの収入が厳しい夫、狭い我が家で同居することになった気難しい舅、そんな家庭内の不満を、どこにも吐き出せない様子の恵。
 お墓にお経をあげてもらう予定だった住職のダブルブッキングで、突然5千円が浮いた恵。5千円あれば家計が非常に助かると知りつつ、恵は夫をホテルローヤルに誘った。

 ダブルブッキングで来なかった住職が、どうやら前話の幹子っぽい。西教と幹子が結婚して間もない頃っぽいから、2話目から10年前か。
 家業を畳んで家と土地を売りアパート暮らしになり、そのお狭いアパートも舅との同居でプライバシーも何もない。3話目でちょっと希望のある話になったと思ったら、また閉塞感が押し寄せて来て苦しい気分になる話になった。終盤で舅が死んだために少しさっぱりした様子を見せる恵に、リアルなあるある感を覚える。いや、私はまだ経験ないけど、たまに聞く話ではあるなぁって。


「せんせぇ」
 木古内の高校に単身赴任中の野島広之は、3連休に帰るとを妻に伝えないまま我が家のある札幌に向かった。5年前に結婚した妻が、実は自分に妻を紹介した校長と20年来関係を持っていたことを嫉妬することさえできないでいた。
 途中で会った生徒・佐倉まりあがなぜかずっとついて回る。札幌までの道のりで、彼女は両親が家を出て行ったと言う。
 佐倉まりあを追い払えないまま自宅マンションまで来た野島は、妻が不倫相手と家に入っていくところを見てしまう。

 突然今後が閉ざされた女子高生と、妻と尊敬する相手との不倫の受け止め方がわからないでいる高校教師。最後までホテルローヤルは出てこないけど、この2人が3話目の雅代が回想していた心中の二人のようだ。3話目に戻って、雅代が2人の死体を発見した時の回想を思わず読み返す。
 野島もまりあも、何で死を選んだのか。野島は絶望か、当てつけか。2人の間にどんな会話や了承があって一緒に死ぬことにしたのか、どうやって死んだのか。どちらに起こったことも、死ぬほどのことなのか。あんなに邪険にしていたまりあと、手を繋いで死んだのはなぜ?
 そこら辺の詳細を書き切ってしまわないところが、もどかしいけど美しいと思う。


「星を見ていた」
 60歳になる山田ミコは、ホテルローヤルで清掃の仕事をしていた。10歳年下の夫は優しいし毎晩ミコを求めてくるが、働かない男だった。
 愚直に働く彼女は、何度も流産しながら3人の子供を産んだ。成長した子供達の中で、真ん中の次郎だけが年に一度電話をくれる。その次郎が、ホテルローヤル内ミコ宛に現金3万円が送られてきた。会社が変わって給料が良くなったから送ったという手紙に書いてある。その翌日、次郎が殺人容疑で逮捕されたニュースを同僚から知らされる。次郎はミコに言っていた左官職人ではなく、
暴力団に入っていた。

 ただひたすら、真面目に黙々と生きているはずのミコには不幸が多過ぎる。それを不幸と思わずじっと耐えると、周囲の人が優しくなると思っている。いや、その通りなんだけど、そうじゃない方法もたくさんある。その方法を知らず、考えもしないで生きてきた哀れな老女に見える。もしかしたら知的障害があるのかもしれない。
 ホテルローヤル、全盛期と思われる。雅代の両親であるるり子と社長が出てくるが、既にるり子の不倫が始まっている様子で、閉鎖への歯車が動き出した気配もする章だと思う。


「ギフト」
 42歳の看板職人・田中大吉は、妻と息子がありながら団子屋の店番の若いるり子に夢中になった。
 時代はバブル後期、建築会社とリース会社から持ち掛けられたラブホテル経営の話に乗り気だったが、妻と義父からは反対されている。その反対を押し切って判を押した大吉だったが、妻は実家に帰り、義父からも足蹴にされてしまった。
 
 愚かな男の、愚かな夢の話。愚かな女の、行き当たりばったりの行く末を先に見ちゃってる話。3話目でまた一緒に暮らしていたことを匂わせていた田中大吉と元女房だったけど、2話目で元女房が遺骨を引き取らなかった訳がわかった気がする。別れた理由がホテル業を始める事だったのに、最期の言葉が「本日開店」だったら愛想尽きちゃうよね。
 ここまでずっとあった生き辛い人々、漂う閉塞感を眺めていたホテルローヤルがこうやって始まり、そこに華々しさもなかったことがこれまた悲しい終わりの始まりってやつだった。


 愚かなことは、幸か不幸か。主題は違うかもしれないけど、ずっとそう感じながら読んだ。愚かなことを不幸だと感じて心中した野島達は、荒廃の始まりを作っただけ。愚かながらも生きていくしかないと思った他の面々は、窮屈に感じながらも生きていく。どっちが良いのか、どっちもどっちなのか。
 何というか、自分の幸せを噛み締めたくなった読後感がある。
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『月の満ち欠け』  佐藤 正午
2018-06-19 Tue 10:57
月の満ち欠け
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佐藤 正午
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 15年前に事故で妻子を亡くした小山内は、娘・瑠璃の記憶を持つという7歳の少女・緑坂るりに会うために八戸から東京へやって来た。小山内は前世の記憶を垣間見せるるりに苛つきながら、彼女らと共通の知り合いである三角の事を思い出す。
 八戸の実家で母と暮らし、連れ子のいる恋人もいる小山内に、亡くなった妻の友人の弟・三角という男が訪ねて来た。彼は姉の友人の夫として訪ねたわけではなく、30年以上の長い物語を語った。
 三角が学生時代にバイトしていたレンタルビデオ店で、ひょんなことから瑠璃と名乗る年上の女性と知り合った。忘れられずに数少ない手掛かりの場所に通って再会を果たした三角は、人妻と知っても彼女にのめり込んでいく。もし死んだらもっと若い美人に生まれ変わって再会すると言った瑠璃は、その1週間後に電車のホームに転落して亡くなった。三角が初めて知ったフルネームは、正木瑠璃だった。
 彼女は小山内の娘・瑠璃に生まれ変わり、18歳になって三角を訪ねて行く途中で事故死。その後も別の胎児に宿り、母親に瑠璃と名付けるよう夢で語りかけ、生まれた後は7歳で原因不明の高熱からの回復をきっかけに正木瑠璃の記憶を少しずつ思い出していくのだと言う。


 物語の始まりが男女の揉め事調なせいで、物語の方向性をミスリードされてしまった。離婚した妻と子供?いや、婚外子を巡る問題?え、まさかのオカルト!?みたいな。時系列も視点もあちこち行き過ぎて混乱しかける。でもちゃんと考えれば理解できるように描かれている上に、構成の緻密さに鳥肌立つ。全体の主観が瑠璃でも三角でもなく、小山内氏という点も一番客観的で、得体のしれない空恐ろしさに加担していると思う。
 小山内ファミリーの話、三上の学生時代、正木の身を持ち崩してからの立ち直り。その間にちょいちょい挟まれる小山内氏とるりのやり取り。生まれ変わった先が全くの他人じゃない点も、場面展開があいまいな部分も混乱に加担し、何度か戻り読みして何とか理解できた。えーっと、三角青年と不倫した瑠璃は死後、三角の姉の友人の娘・小山内瑠璃に生まれ変わって18歳で事故死。で、正木が勤める工務店の娘・小沼望美に生まれ変わって7歳で事故死。で、小山内瑠璃の親友・緑坂ゆいの娘・るりに生まれ変わった。・・・なんだこの人間関係。
 何度死んでも、三角に会うために月の満ち欠けのように生まれ変わる。その執念が妙に淡々と描かれているところが、切ないと言うより不気味だった。どうでもいい描写は丁寧で美しいけど、三角の恋心や生まれ変わった瑠璃も、求めて止まないというより運命に身を任せているような感じ。出会えないもどかしさもないし、やっと会えた歓びも意外に静かだ。この独特な起伏のなさは、ドラマチック過ぎるより好きかも。
 残念なのは、瑠璃がちょっと思慮が浅い点かな。正木瑠璃は三角の前では掴みどころのないイメージだけど、夫・竜之介の前では大人しくて従順で何がしたいのかよくわからない。でもまあ、そういう女性はよくいるとは思うし、引っ張っていくタイプの男性と結婚して思考停止してる場合もよくある。けど、小山内瑠璃は、正木瑠璃の27年分の記憶があるならもっと要領良くやれるんじゃないのか。ランドセルのまま千葉から東京まで行くとか、高校卒業するまで父親の言いつけを守って三角に会いに行かないとか。次の小沼望美も、三角に連絡するために単身で正木のとこ行くとか、駄目でしょ。緑坂るいは成功したけど、その手段も27+18+7+7年を生きた女性のやり方とは思えない。で、やっと出会えたけど7歳の少女と50歳過ぎた男性の運命の再会。きっついわー。大騒動の挙句の再会に、三角にベタつくるり。これ三角、建設会社の部長を懲戒免職になるんじゃなかろうか。
 この、美しい純愛じゃなくて執着による歪んだ愛に思える点は、さすが直木賞受賞作だと思う。でも、終盤に出てきた小山内氏の妻・梢も、小山内氏の恋人の娘・みずきに生まれ変わってる可能性の部分は、妙に我に返らされて興ざめだった。そんなにあちこちに生まれ変わりがあってたまるかって。
 これ、男性じゃないと書けないと思う。年若い女性じゃこの執着は描けないと思うし、私は今まで大切に育ててきた我が子の中身が別の誰かに乗っ取られてるとか考えたくもない。7歳の娘が、50歳超えた男を女として愛してるとか醜悪だ。あと10年後に同年代の彼氏との他愛のない事で悩む陽であって欲しい。小山内氏の妻は、一体どんな気持ちで娘を三角に会わせようとしていたんだろうか。
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『赤朽葉家の伝説』  桜庭 一樹  
2009-05-16 Sat 00:01
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 子供の頃に“辺境の人”から紅緑村に置いていかれ、多田夫妻に育てられた祖母の万葉。彼女には時々、人の未来が視えた。村一番の名家であり、製鉄所を営む赤朽葉家の夫人・タツに請われて赤朽葉家の息子・曜司のもとに嫁いだ万葉は、「赤朽葉家の千里眼奥様」と言われて大切にされる。その万葉は4人の子供を生みそれぞれ、泪、毛毬、鞄、孤独と名付けられた。
 万葉と曜司の長女で、美しくも気性の荒い毛毬はレディースの頭を張っていた。親友の死に取り憑かれたまま中国地方を制覇してから引退したが、高校卒業後は引退してマンガ家になる。人気絶頂のマンガ家として自分の半生を題材にしたマンガを描く中、兄の泪が不慮の死を遂げたために彼女が婿養子を取ることになった。週刊連載に追われながら生きた毛毬は最終話を描きあげた直後、「わたし」が9歳の時に死んだ。
 毛毬の一人娘「わたし」こと瞳子は家族の他に、祖母の友人・みどりや、毛毬の替え玉・アイラ、母のかつての担当編集者・蘇峰と共に暮らし、母や祖母の昔の話を聞きながら成長し、ユタカと付き合っている。祖母・万葉が死ぬ直前に残した「わしはむかし、人を一人、殺したんよ。だれも、知らないけど」という言葉が気になり、一体誰を殺したのかを調べることにした。

 第一部から第三部まで製鉄所を通して語られる無骨な時代の流れと、どことなく浮世離れした赤朽葉家の人々のコントラストが不思議ときれいな物語だった。万葉の時代は昭和の中期だけど、鳥取を舞台にしているためかもっと昔に感じる。都心は近代化しつつも、田舎はこんな風に神話が息づく時代だったんだろうか。サンカに置いていかれた万葉の不思議な雰囲気がとても神秘的だ。
 毛毬の時代は昭和後期。「懐かしの~」系のTVで見るような世界に、猛女である毛毬に視点を置きながらも変わらず存在している万葉の姿が美しい。時代背景的にも小気味良い語り口調で毛毬の青春時代が語られている。しかし瞳子は、毛毬が初めて描いたマンガには、毛毬には可視できなかった異母妹・百夜そっくりな女を登場させていたことを知っている。本当は見えていたという瞳子の推察は、正統派不良のイメージだった毛毬の固くて暗い意志が見えてちょっとぞっとさせられる。
 瞳子の時代は「ニート」という言葉も出てきていることから完全に現代を感じさせられる。ここにきて突然ミステリー要素が入ってきて、万葉が殺したのは誰か?それを調べる瞳子という具合になるけど、そこはちょっと流れにそぐわない感じがしたかな。ミステリーの解答は実に万葉らしかったんだけど、もうちょっと自然に織り込んで欲しかった。
 面白い小説というより美しい文学。色調表現が終始、物語の幻想的なイメージに拍車を掛けていた。
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