元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
『陰の季節』  横山 秀夫
2008-06-30 Mon 20:20
陰の季節陰の季節
横山 秀夫

文藝春秋 1998-10
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 D県警の内部を描いた短編集。殺人事件を調査するような刑事達ではなく、事務に携わるエリート達を描くのが地味ながら面白い。警察内部に起こった事件や揉め事を内部の者が調査するという、横山さんにしか書けないような設定。

「陰の季節」
 天下り先である社団法人を、任期が過ぎても辞めないと言いだした尾坂部。彼が辞めないと次に退職する工藤部長の再就職先が無くなり、それは警務課の権威失墜に繋がる。D県警内の人事異動名簿作成を担う警務課の二渡(ふたわたり)は、尾坂部の真意を探る役割を命じられた。
 尾坂部の元に足を運んだり周辺を調べたりするうちに、もうすぐ結婚するという彼の娘がかつてキャンプ場でレイプされた事件があったことがわかった。その時期には同様の事件が何件もあり、いずれも証拠がほとんど残っておらず未解決のままだという。尾坂部はその事件を今でも調べているのではないかと考えた二渡はこの件を尾坂部にぶつけようとする。
 しょっぱなから私の嫌いなネタか。猟奇殺人もホラーも読める私だけど、レイプネタってどうしても苦手なんだよなぁ。女なら当然と言えばそれまでだけど。乱読する中で唯一女らしい点でもある。自分勝手な殺人を犯した人は死刑されるべき、レイプ犯は去勢されるべきという自論だ。
 だからこのラストは微妙な気分。運転手の青木が犯人かどうかは、疑わしいけど真実はわからずじまい。二渡、尾坂部の間だけじゃなくてこっちまで読んでて苦い後味が残る。

「地の声」
 D県警監察課にQ警察署の生活安全課長・曾根がパブのままとできているというタレコミが、内部告発の疑いがある。内部告発だった場合、監察課の動き次第によってはマスコミにリークすることもあるため、調査は慎重に行わなければならない。
 病気で出世レースに乗り遅れて監察官に着任した新堂はこの件について調べるにあたって、Q署にいるかつて部下・柳を使うことにした。頭のいい柳は頼りになる。しかし新堂は段々その切れ者ぶりが恐ろしくなっていき、密告書を書いたのは柳ではないかと疑い始める。
 「陰の声」の警務課もそうだけど、監察課っていう課も初めて知った。警務課は人事についての課で、監察課は賞罰に当たる課だそうだ。こんな地味な課にスポット当ててミステリー書いちゃう横山さんには改めて感服。 
 
「黒い線」
 引ったくりの目撃証言から描いた似顔絵によって、引ったくり犯はすぐに捕まった。平野瑞穂巡査が描いた似顔絵がそっくりだったことによるスピード逮捕だとマスコミに取り上げられ、喜んでいた瑞穂。しかし翌日、彼女は無断欠勤する。警務課の婦警担当係長・七尾友子は女子寮で寮母から、瑞穂は元気がなかったと聞かされる。前日の手柄を純粋に喜んでいた瑞穂に何があったのか?友子は瑞穂の身を案じ、持ち前の鋭い嗅覚で手がかりをつかみ掴みつつ瑞穂の行方を捜す。
 瑞穂の失踪の原因はプライドが傷ついたからってとこか。警察内で婦警が邪険に扱われるというのは、どこまでリアルなんだろうか。全く未知の世界すぎるけど、上司に似顔絵の書き直しを命じられて断れば警察が恥をかくことくらい瑞穂にはわからなかったんだろうか。それなら「これだから女は」って言われても仕方ないだろう。個と公のどちらが大切かっていうのは人それぞれかもしれないけど、警察組織なら確実に公を大切にしてもらいたい。警察による犯罪とかならともかく、警察の権威失墜は昨今では深刻になりつつ問題でもあるし。
 男性上司達のあからさまな女性蔑視は確かに嫌だけど、この件に関しては私は瑞穂が悪いと思う。家庭を犠牲にして働いてきた人達の前で、個人のプライドのために警察全体に恥をかかせる。「だから女は使えねえ」と言った上司の気持ちはわかるな。
 横山さんはどういうつもりでこの話を書いたのかな?ただ単に女性には働きにくい職場として?それとも男社会が悪いというふうに書いてるけど、男社会が悪いとみせかけてやっぱり女は使えないって暗に書いてると思うのは私の深読みのしすぎ?でも婦警は必要だよね。
 ちなみにこの編で失踪した瑞穂は、後の作品『FACE』の主人公らしい。『FACE』はまだ読んでないけど、何年か前にドラマ化してたよなぁ。仲間由紀江が主人公だった気がする。
 
「鞄」
 警務部秘書課の課長補佐・柘植は「議会対策」を担当する。次の定例会議で予定されている一般質問の内容をチェックして回答を準備し、恩を売っておきたい議員には県民から見てウケが良さそうな質問を提供する。三崎議員に質問内容を提供する際、鵜飼議員が一般質問で県警に向けて爆弾を投げると言っていたことを教わった。
 鵜飼議員は県警に恨みがあり、その報復として議会で本部長が答えられない質問をすることが考えられる。監察課の新堂、鵜飼の後援会会長、同期の黛を訪ね歩くが芳しい情報は得られない。元刑事の瀬島から鵜飼の愛人について教えられ、愛人宅で鵜飼と対面したがやはり教えてもらえない。鵜飼が席を外した際に彼の鞄を探ってみたが、それらしき書類も見付からなかった。課長の坂庭も情報は掴めなかったと言う。
 一般質問当日、鵜飼は環境に関する質問をしただけだった。安堵や疑念の中、鵜飼の鞄の盗難届が出されていることを知らされる。鵜飼と坂庭が組んで柘植を陥れることが、この騒動の目的だったようだ。

 1話目で主人公だった二渡が他の編でもチラチラと出てくるけど、彼は「エース」と呼ばれる実力派エリート警視だった。「陰の声」では尾坂部に振り回されてたけど、D県警内部では恐れられる存在みたいだ。特に2話目では彼はこの事件の目的の最終的な決定権を持つし、2話目・3話目での二渡の推理、観察、結論は渋い。
 この本はどれもわだかまりを残して終わる。私が好きな横山さん的エンディングじゃないけど、読後に引きずらないのは主人公達自身の覚悟のようなものを感じさせられてるからかもしれない。そういうとこも含めて、相変わらず他のミステリー小説とは格が違う。この本で描く警察は、クールに調査する警察かっこよさも、一般市民が探偵をする小説の脇役としての警察ようなマヌケさもない。ただ上を目指したいという野望があり、実際に上に行けない無念さがある。
 私はずっと、女が圧倒多数を占める社会に身を置いてる。高2で文系に進むと決めて女子が多いクラスになった時からだ。それから女子大に行き、女性が多い職場にいる。だからこういう男臭い会社って何とはなしに憧れがあるんだよなぁ。
 しかし最近横山さんの作品は短編ばっか読んでる気がする。手持ちの借り本が少ない時に図書館の書架にあったら適当に借りるというスタンスでしかないからだろうな。横山さんの短編は評価高いし、私も大好きだ。でも長編はもっと好き。『FACE』読むか。
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『動機』  横山 秀夫
2008-05-20 Tue 23:37
動機動機
横山 秀夫

文藝春秋 2000-10
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 4編の短編集。

「動機」
 警察官は勤務時間外も警察手帳を持ち歩くように義務付けられている。J県の警視である貝瀬はその制度に疑問を持ち、勤務時間外の警察官の手帳を一括保管する案を起こして強引にテスト導入に踏み切った。しかしテスト導入が始まった矢先、U署で保管されていた警察手帳30冊が盗難に遭った。内部者の犯行の可能性も考えて記者会見発表まで2日の猶予をもらい、貝瀬自分なりに調べようとする。
 追い詰められていく貝瀬、警察内部のぎすぎすした人間関係、家族への思い、常に警察官であることを課せられ続けた人が退官する際に不安定になってしまう「揺らぎ」、そしてその先にあった犯人の動機に、緊張していたものがフッと和らぐのを感じる。横山さんの作品の、和らぎ好きだ。それから益川との喧嘩のシーンではぐっときた。

「逆転の夏」
 妻の妊娠中に行きずりの女と関係を持った山本。その女は事後に女子高生であることを告げ、山本を恐喝してきた。カッとなった山本は彼女を殺してしまう。13年後に出所した山本は、保護司の及川の世話で遺体搬送の仕事に就いた。淡々と真面目に働く山本に、ある日殺人依頼の電話がかかってくる。
 話を聞いてくれただけで数十万のお金を通帳に振り込んでくれるカサイという男を最初はうさんくさく思っていた。しかし元妻の静江に償いとして給料の中から送金していた山本は、静代を喜ばせたい一心でこのお金を静代に送った。さらに殺人の謝礼金欲しさに殺人依頼を承諾する。
 犯した罪を考えると同情の余地はないんだけど、出所してからは妻と息子に送金することだけを生きがいにしている山本は読んでて哀れで仕方ない。さらに全員が哀れに思えてしまう結末が切ない。せめて静代さんは幸せになってほしい。

「ネタ元」
 女性記者である水島真知子が三か月前に書いた記事が地元住民の不興を買い、「県民新聞」は読者離れが深刻になっていた。そのため、一週間前に起こった主婦殺人事件を書くことで読者離れに歯止めを掛けようとしていた。
 女性であることで記者の中で一線ある扱いを受け続けていた真知子は特ダネを抜くよう圧力をかけられながら奔走し、そのストレスから万引きを繰り返していた。その真知子に、大手新聞者の「東洋新聞」から引き抜きの誘いがある。東洋新聞は真知子のネタ元を欲しているようだが、特ダネを教えてくれた地裁の庶務・佐伯美佐子とは顔見知り程度でしかない。男社会で働く者同士の共感から特ダネを教えてくれたと推測されるが、自分から教えてくれとは言い出せずにいた。
 元事件記者の横山さんが、警察組織ネタと並んで得意な記者世界。これといって大きな出来事は起こってないんだけど、何か引き込まれてしまうんだよなぁ。不思議。

「密室の人」
 裁判中に居眠りをしてしい、寝言で妻の名前を口走った裁判長の安斎。裁判コラムに書くかもしれないと言われて眠れない夜を過ごしている時に、妻が服用している睡眠薬と自分が常用している整腸剤が瓜二つであることに気が付いた。
 居眠りは記事にならなかったが、今度は弁護士が記者会見で公表すると言っている。そのゴタゴタで、上司が自分の妻を思わず呼び捨てにしてしまったのを聞いて固まってしまう。裁判中の居眠りに根深く複雑な背景があったことを、安斎は遅ればせながら気付いた。
 これは横山作品で唯一読み終わってから悶えた。「うおぉぉぉ!それでどうなったんの!?扉開けたらどうだったの!?」と。横山さんだから、きっと美和はいたんだろうなぁと思いつつも美和のしでかした事の大きさを考えると・・・と、考えてもどうしようもないことを考えてしまう。
 仕事男の持つ家族愛。横山さんがこれを書くと、どうしてこうも男臭くてかっこいいんだろうか。

 すべてが横山秀夫の得意分野となっていて、相変わらずどれも面白い。そして短編は絶品。短いけど物足りなくはない。苦悩や葛藤をしっかり書いてるけど、書きこみ過ぎてもない。今回もすごく面白かった。
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『出口のない海』  横山 秀夫
2008-03-17 Mon 16:28
出口のない海出口のない海
横山 秀夫

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 甲子園の優勝投手である並木はA大学に入学後、右ヒジの故障からかつてのような威力ある球を投げることができなくなっていた。リハビリも思うように成果を挙げない中、並木はキャッチャーの剛原に「魔球をつくる」と宣言する。1941年12月8日。日本が真珠湾を攻撃して太平洋戦争が始まった日だった。
 しかし軍国色が高まり野球どころではない時代に突入し、徴兵猶予が停止され学徒出陣が始まる。並木は野球への情熱と美奈子への恋心を抱いたまま、海兵団に入団した。乙種で徴兵された並木が過酷な訓練に絶えた果てにあったのは、人間魚雷の「回天」だった。

 私はこの作家さんが大好きだ。この本ではどんな事件が展開されるのかと楽しみにしていたら、読んでみると戦争物だったんでちょっと驚いた。しかしまあそれはそれで、と展開を楽しみにして読み進む。
 未来ある若者が戦争に行き、厳しい訓練を乗り越え、回天の存在を知ってから死への覚悟と生への執着とで葛藤するんだけど、何かいまいち。シーンごとの描き方はいつも通り上手いんだけどドラマチックすぎたりして、戦争物として薄いというかありきたりというか。上官からの理不尽な暴力は書いてあるけど中途半端だし、訓練の厳しさもあまり伝わってこないし、戦争の悲惨さが伝わってこない。主人公の並木は学生から訓練兵になってそのまま特攻隊員としての特殊訓練という道を辿り、実際に戦地を見たわけじゃないからだろうか。でも考えてみれば、横山さんは戦後生まれだからこの程度に収めるのが無難なのかもしれない。とはいえ人物設定に横山さんの持ち味が出てないのはやっぱり残念だ。
 物語自体はいまいちだと思うけど、このラストは好き。重苦しさの中だけど最後に光があって、いい気分で本を閉じることができるという横山さんテイストは健在だ。首を捻りつつクライマックスまで読んだけど、最後のクールダウンでやっぱ横山さんは上手いよなぁと思った。
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『看守眼』  横山 秀夫
2007-11-21 Wed 12:50
看守眼看守眼
横山 秀夫

新潮社 2004-01-16
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 普通なら脇役になるような人達にスポットを当てた短編集。

「看守眼」
 県警機関誌の事務職員である悦子は、退職職員の回想手記が一人分足りないことに気付いた。提出していないのは、長年留置場の看守を務めた近藤。催促のために近藤を訪ねると、彼はかつて起こった事件の真相を1人で追っていた。
 私がイメージする横山秀夫さんらしい話運びだった。つまり期待を裏切らないでいてくれる。緊張感がぐっと盛り上がった後にほどける感じ。最後の近藤の言葉とか、書いた手記の内容とか、なんか暖かい感じがして良かった。

「自伝」
 売れないライター仲間三人で作った自伝代筆の会社に報酬300万円の大仕事が舞い込んだ。自伝を代筆し、報酬を受けることができるの一人だけ。権利を得た只野が取材を始めると、依頼者の兵藤は自らが犯した殺人について語り始めた。話を聞くうちに、只野はその殺人と自分の母親の失踪との関わりと確信し始める。
 
「口癖」
 家裁の調停委員であるゆき江は、離婚調停に来た女性が娘の同級生だったことに気付く。今ではもう結婚しているが、娘は高校時代に彼女にいじめられて不登校になっていた。
 登場人物が濃すぎて、読んでて鬱になりそうだった。夫はうつ病、女性蔑視気味の調停委員仲間、娘のかつての同級生は浅はかな大人に成長してる。結末で、この人もか・・・って気分になった。短編にこれだけの人達を詰め込んであるこの話、ちょっと重い。でも最後には女性って強いなぁと思わされた。

「午前五時の侵入者」
 県警のホームページがクラッカーから侵入され、書き換えられた。ホームページ担当の立原はアクセス履歴から犯人を捜しつつ、セキュリティ不備であったことを隠蔽しようとする。
 犯人の動機に、ちょっと寂しいような気分になった。

「静かな家」
 地方新聞整理部の高梨は、割付終了後に急遽バレエ発表会記事の挿入を命じられる。そのゴタゴタで、別のイベント記事の日付に間違いがあったことに気付かずに掲載してしまった。その事がきっかけで殺人事件に巻き込まれる。
 
「秘書課の男」
 県知事秘書の倉内は、最近知事が自分に冷たいことに気付いた。その代りハーバード大学出身の若者ばかり呼びつけ、遂には倉内のことを無視するような素振りさえ見せるようになる。
 男の嫉妬を主観で書いた話なんだけど、一体何が原因なのか一生懸命考える倉内が滑稽だ。でもやっぱ、横山さんは上手い。途中までは主人公がグダグダでも、最後には読んで良かったって思わせてくれる。

 どれも主人公の役柄は地味で社会の中でも目立たないような人達。全く主役っぽくない人達にスポットを当ててあり、それでいて話も捻りが利いていて面白かった。
別窓 | [や行の作家]横山 秀夫 | コメント:0 | トラックバック:1 |
『クライマーズ・ハイ』  横山 秀夫
2007-05-23 Wed 15:51
クライマーズ・ハイクライマーズ・ハイ
横山 秀夫

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 私が読んだことある横山秀夫さんの作品は刑事物ばっかだったけど、これは新聞記者の話だった。さすがは元ジャーナリスト、臨場感はすごい。
 地方紙の新聞記者である主人公の悠木は、地元で起こった飛行機墜落事故の全権デスクとなる。前代未聞の大事故を記事にするために記者達が尽力し、その中で悠木は上司と部下とに翻弄させされながらも何とか自分を貫こうと努力する。
 刑事物じゃないと知った時はがっかりしたけど、緊張感漂う文章と骨太なストーリーは相変わらず。追い詰めたり追い詰められたりとか、驚きの展開とかはなかったけど、事件を追いつつも組織の嫌な所や上司との軋轢、友人の謎の死、家族との問題などを抱える主人公が、いかにそれらを受け止めるべきか苦しんでいる。
 いつもの横山さんのような、事件を深く追い求める話ではない。でも、やはり最後は安心する結末。いい本だったと思う。
別窓 | [や行の作家]横山 秀夫 | コメント:0 | トラックバック:0 |
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