元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
『対岸の彼女』  角田 光代
2018-04-05 Thu 01:27
対岸の彼女
対岸の彼女
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角田 光代
文藝春秋
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 現在の小夜子の視点と、十数年前の葵の視点が交互に織りなす物語。
 3歳の娘を持つ専業主婦・小夜子は、どの公園に行っても母親同士の派閥関係に馴染めずにいた。娘のあかりが友人関係を築けない事も気になり始め、保育園に預ければ社交性も育つかもしれないと働きに出ることを決意する。
 面接を受けた小さな旅行会社の女社長・葵に気に入られた小夜子は、その会社の新事業である掃除代行業担当として雇われた。一緒に働くうちに葵のあっけらかんとした性格に引き込まれ、仕事そのものにものめり込んでいく。しかし家では、夫や姑の理解が得られず苛立ちを覚えることもあった。
 一方、高校時代の葵。中学時代にいじめられ、高校入学と同時に神奈川から群馬に引っ越して女子高に通い始めた。学校では何となく固まった地味なメンツとグループになった一方で、放課後はどのグループにも属さずにフラフラしている明るい少女・ナナコと親しくしていた。
 一年生の秋頃からターゲットを変えながら仲間外れゲームが始まったが、葵は自分がその対象にならない事だけを心配しながら地味に過ごす。ナナコのようにどのグループにも属さないで誰とでも仲良くする女子はハブられやすい。そうなった時に巻き込まれる可能性が高いと考えた葵は、自己嫌悪に陥りながらもナナコとは放課後しか離さなかった。
 一方ナナコはもし葵がハブられても絶対に味方するけど、ナナコ自身がハブられたらみんなと一緒になって自分を無視して安全でいて欲しいと言う。その恐れは、二年生で現実となった。
 夏休みに伊豆のペンションで泊まり込みのアルバイトをした二人は、そのまま家に帰らない事にした。バイトで貯めたおかねを節約しても減る一方で、カツアゲにまで走る。家に帰らない事を決意した時は「一緒だとなんでもできるような気がしていたが、ずっと移動しても「どこにもいけないような気がする」事に気付いた2人は、かつて葵が住んでいたマンションから一緒に飛び降りた。


 高校時代は人間関係にビクついた少女だった葵が、具体的には何歳か知らないけど三十数歳ではサバサバした飾らない明るい女性になっている。どう見てもナナコの影響を受けているんだろうけど、気の置けない楽しい女性だ。だけど何が悪かったのか、葵が決めた方針に不満を持つ女性から反目される。そして小夜子とも、急に心の溝ができてしまった。
 きっかけは小さい事なんだけどこうなっちゃうの、わかるわー。自分の中で勝手に被害妄想ぶちかましちゃうの、した事もされた事もある。
 小夜子は序盤では、人付き合いが下手なだけかと思ってた。母親同士の関係もそうだけど、夫・修二への不満も言えないでいるし、口うるさい姑からも嫌味を言われっぱなしで、人間関係が不器用な人という印象だった。ところが終盤で描かれた高校時代に仲間外れにされた事や、幼稚園ママ達に対する引きの態度、葵への嫌味シーンなんかを読んでると、愚かなんだと思えてきた。うーん、面倒くさい女!そしてその愚かさ私自身も似てる気がする同類嫌悪。
 結局女は女の人間関係から逃げられないものだよね。それを無視しちゃうと、足を引っ張られることがある。まさに女の敵は女。群れたがって、察してちゃんで、マウンティングが行われる中を上手に渡り歩いて自分の居場所を確保しないといけない。義務ではないはずなんだけど、気付いたら“いかに上手く渡り歩くか”を無意識に模索してる。もちろんそうじゃない人もたくさんいるんだけど、少なくとも角田さんの表現を好む人はこの世界を理解できる人が多いんじゃなかろうか。好むか好まないかは別として、ね。
 ほんと、どこにでもある女の世界の機微の描き方がリアルで上手い本だった。
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『あたたかい水の出るところ』  木地 雅映子
2017-04-11 Tue 00:46
あたたかい水の出るところ
木地 雅映子
光文社   2012.04.18
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 高3の「わたし」こと大島柚子は、銭湯「松の湯」をこよなく愛し、生き甲斐にしている。ある日いつも通り松の湯を堪能してから外に出ると、高そうなバイクが停まっていた。湯上りのテンションで調子に乗ってバイクにいたずらをしていると、持ち主の大学生・瀬田川福一と言い合いになる。
 和み系で癒し系の「わたし」は、家では恋愛至上主義で自分勝手な長女、神童だったために親の期待を過度に受け根暗な内弁慶に育った三女、朝早くから夜遅くまで働いて滅多に家にいない父、家事のほとんどを「わたし」に任せて妹の教育費のためにパートに勤しむ常に不機嫌な母との4人家族で、誰とも衝突しないようのらりくらりと生きていた。


 のほほんとした序盤に、小3の時に感じた地下を流れる温泉のうねりを感じた体験、サウナでトリップした体験が効いてるほんわか小説かと思ったら大間違いだった。友人に恵まれ、何も考えてなかった就職先も先方から望まれ、お風呂の事以外は何も考えないでぽや~っと生きている幸せそうな地の文のなのに、家庭のドロドロが重苦しい。無意識ながらそれを必死に包み込もうとしているように見えた。
 主人公は柚子だけど、核は母親かな。三女に過度の期待をし、家事のほとんどは柚子に任せ、八つ当たりし、挙句に就職したら家から通ってお金を入れろ。つまり家政婦兼搾取用の子になれってあからさまに言ってるのに、自分がどれだけ歪んだ事を言っているのか気付いていない。期待を掛けた三女の心が壊れつつある事にも気付かないで、三女のためだけに家族を動かそうとしていて、その醜さがじわじわと柚子の笑顔を塞いでいくようで恐ろしかった。
 柚子と福一が体験した世界、「悟り」ってやつかと思ったけど共有できるんならやっぱりどこかの精神世界に行ったんだろうか。そのトリップがあってさえ存在感が薄かった福一が迎えに来てくれたのは、忘れていたとはいえ若干唐突だったように思う。
 ファーストコンタクトは印象最悪で、後々惚れられるという王道に何か引っ掛かりを覚えるのは、柚子が福一のバイクにいたずらしたせいだろうか。お気に入りの銭湯に不釣り合いだからって理由だけでバイクにシャンプー垂らすとか、正直民度が低い。せいぜい、うっかりシャンプーこぼしたって程度にしていて欲しかった。セカンドコンタクトがトリップで、次がもう待ち伏せって展開が早過ぎる。
 さらに、あれだけあの不思議な世界に留まろうとした福一が急に心入れ替えて求婚っていうのも唐突過ぎて、もうちょっとワンクッション欲しい。求婚まで飛ばさないで、傍にいてくれってくらいだったら納得いったような・・・いや、やっぱ唐突だな。唐突と言えば、ゴミ捨て場で予言を告げて立ち去ったおばあさんも然り。あくまで個人的な好みなんだけど、不思議現象は柚子と福一の精神世界だけにしておいて、あとはあくまでリアリティが良かったかな。章題にある「魔法使いのおばあさん」は、平松さんでしたってオチの方が、平松さんの存在の面白さと有難さが際立つような気がする。
 でも、のらりくらりする柚子追い詰めていく母親から、福一が救ってくれて良かった。柚子の存在が福一にとっての救いになるようで、良かった。ずっと影の薄い父親だったけど、最後に柚子に居場所を作ってくれて良かった。あの家庭が出来上がった責任の一端は父親にもあるとは思うし、あの母親の元から柚子を連れて行ってからの離婚はかなり難しいだろうけど、せめて穏やかな余生を過ごして欲しい。

 作者名、数回調べてもまだ読み方を忘れる。「きじ かえこ」さんと読むそうだ。きっと後でこれを読み返した時もまた忘れてそうだと思って、ここに記しておく。
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『邂逅の森』  熊谷 達也
2016-08-15 Mon 08:43
邂逅の森
邂逅の森
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熊谷 達也
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 第131回直木賞、第17回山本周五郎賞受賞作品。大正時代に東北地方の阿仁でマタギとして生きた松橋富治の半生を描いた物語。
 貧しい小作農の家に生まれた富治は、父や兄同様マタギを生業に生きていくつもりでいた。しかし地主の一人娘・文枝を孕ませた事により村を追われて、炭鉱で働く事になる。
 炭鉱夫として一人前になった富治が面倒を見ることになったのは、小太郎という悪い奴ではないが一筋縄ではいかない見習い鉱夫だった。ひょんな事から小太郎から尊敬を受けて慕われるようになったために、富治は仕事仲間達から頼りにされる存在となる。
 その小太郎が雪崩で九死に一生を得たことで鉱夫を辞めると言い出した。一緒に自分の村に来て狩猟組を作る提案を一旦は断った富治だったが、射止めたクマを手土産に小太郎の村を訪れる事にした。
 小太郎の家には両親の他に、男漁りに勤しむ姉のイクがいた。そのイクと結婚するという条件付きで村に住まわせてもらう事になった富治は狩猟組を作り、頭領(スカリ)を勤める。
 一人娘のやゑを嫁に出して再びイクと二人で生きて行こうとした矢先、長年熊の肝を買い取ってくれていた喜三郎を介して文枝に会う事になった。富治と文枝の間の子・幸太郎は継父と折り合いが悪かったが、とうとう家出した。富治に会いに来たに違いないと言う。富治の留守中に幸太郎とイクが会ってしまい、イクは富治のためにと家出をしてしまう。イクを説得して連れ戻した富治は、山の神様にタテを収めてマタギを辞めるべきか問うために、狩りに出た。

 深くて濃い・・・。濃厚過ぎて一体どこまであらすじとして書いたらいいのか悩んだ末、結局ほとんど書いてしまったように思う。どんな生き方をする富治も省けなかった。
 マタギ=猟師さんという知識程度しかない私は、冒頭のアオシシ(ニホンカモシカ)狩りで惹き込まれた。方言とマタギ用語が入り乱れる厳しい寒マタギの世界が、幻想的ですらある。でも幻想と言っちゃうと、寒マタギの過酷さが霞んじゃう気がする。想像を絶する世界なんだろう。用語やしきたりが独特だけど、物語の進行を損なわない程度にわかりやすく説明されていて狩りの臨場感が迫りくるような物語だと思う。
 山では完全なる男社会の中でありながら、村での生活で性の話が物語に彩りを付けている。箱入り娘で男を知らなかった文枝との密会に夢中になる富治は、狩りに身を置く姿とは真逆の情動的な様子だった。「夜這い」は現代の考え方から見ると犯罪だけど当時は女性も当然と受け止めて、むしろ楽しみにしている事に驚かされる。ところが地主は夜這いの風習を良しとない人間で、そんな点にも近代思想が少しずつ浸透し始めているところが伺えた。
 地主の差し金で鉱山で働く事になった富治は、文枝に夢中で歯止めが利かなかった頃とは一転してまたストイックで男らしい。寡黙で目上を敬い、目下にも敬意を払っているように見える。前半ではマタギ衆の中でも最若手でいつか腕を認められたいという野心を持ち、文枝との逢瀬を止められない若さ溢れる姿だったのに、村から出て一人立ちするとこんなに立派な青年だったとは。鉱山での生活も、鉱夫を辞める時も、イクを娶るか迷う時ですら、自分と向かい合うとために行動した先に結果が待っているという姿勢が格好良かった。
 「邂逅」とは何だったのか。最初は、獲物との「邂逅」だと思った。読み進めると、もっと荘厳な自然との「邂逅」かと考え直した。でも結局、マタギとして生きた富治が自分自身と「邂逅」したのかなぁと思っていたところに、マタギを辞めるか悩んだ富治が山の神に聞こうと猟に出てヌシを負うと決めたシーンを読んで、神との「邂逅」だったのかと思った。神というか、運命というか・・・。それとも、人との「邂逅」の度に新しい世界が開けていった富治の人生だったのか。
 生きたいという本能よりイクの顔を思い描いて力を振り絞り、使い物にならなくなった足を切断して歩き始めた富治の鬼気迫るシーンは、恐ろしささえ感じた。そこで!?ってとこで終わったけど、その先には穏やかな幸せしかなさそうで、波乱に満ちながらも実直に生きた富治の人生が今後は穏やかである事を願ってしまう。 
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『チーム・バチスタの栄光』  海堂 尊
2008-12-20 Sat 21:33
チーム・バチスタの栄光チーム・バチスタの栄光
海堂 尊

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 東城大学医学部病院の誇る心臓手術左心室縮小形成術「バスチタ手術」は、アメリカから招聘した桐生臓器制御外科助教授を中心に構築された「チーム・バスチタ」によって非常に高い成功率を誇っていた。ところが立て続けに3件の術死が起こる。
 不定愁訴外来の「俺」こと田口公平は、この件についての内部調査を院長から依頼された。全くの専門外であり院内の出世争いから早々に身を引いていた「俺」は戸惑ったが、リスクマネージャー委員会の検討事案に該当するかの予備調査をしてほしいとの頼みを引き受ける。
 次の手術は三日後。アフリカの少年ゲリラ兵へのバチスタ手術はメディアから注目を浴びているだけでなく、失敗は国際問題に発展するかもしれないというプレッシャーも帯びていた。
 たまたま3件の失敗が起こったのか、医療事故なのか、それとも何者かの故意によるのか。この件を引き受けた田口は、「チーム・バチスタ」のスタッフ全員の聞き取り調査から始める。

 2005年に『チーム・バチスタの崩壊』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞。賞自体に歴史が浅いこと、賞のネーミングセンスが胡散臭いこと、医療問題を扱うと聞いて何だか敬遠していたこと、何やかんやで全く読む気はなかった。でも、映画化、ドラマ化とあまりにも話題だったことと、私が好きな討論番組で海堂尊さんがゲストとして来てたことがあって、ようやく図書館で予約を入れた。人気すぎて、何か月待ったかわからない・・・。
 読み始めても、用語が難しいからゆっくりとしか読めなくて難儀した。漢字で書かれる医学用語は、日本人ならその字面を見れば何を意味してるかわかる。でも日常用語とはかけ離れてるんで、ひとつひとつを理解しつつ読もうとしたら進まないことこの上ない。飛ばし読みが苦手なんで、じりじりしながら読んでった。
 3件の手術失敗は、たまたま3件続いただけなのか、医療事故なのか、事件なのか。素人が読んでも見当がつかない。だからこの本がどういう方向に向かっていくのか全くわからないまま、4件目の謎の術死が起こっても“これ、ちゃんと面白く終わるのかな?”と雑念に囚われまくりながら読む。
 でもその後登場した外部からの調査者、厚生労働省の役人「ロジカルモンスター」の白鳥が来てからようやく事件として進んでいく方向が決まって安心して読めるようになった。ロジカルモンスターのロジカルがあんまりロジカルじゃないのは置いといて、人を追い込みながら尋問していくやり方が結構面白い。パッシヴ・フェーズだのアクティブ・フェーズだの、その他大量のカタカナ用語は正直その場限りの理解だったけれども。
 主人公・田口の一人称で語られているのに、彼の影は薄い。濃い他の登場人物達の中では平凡な人物なのかと勘違いしそうになるけど、時折挟まれる回想シーンでは味わいある人物のように描かれたりする。そんな彼による冷静な思考が結構面白い。
 でも最後は、犯人はしっかりと不幸になって欲しかったな。あまり重い罪には問われないような終わり方がモヤッとする。殺人を題材に扱うんなら、ちゃんと罰せられて欲しい。現実の医療事件が罪に問いにくい物が多いとしても、フィクション内くらいすっきりしたいじゃないか。でも事件後の病院側の対応はいい。高階院長の頭の良さに感心しつつ読み終えた。
 日本の医療問題は、恥ずかしながらこの本を読んで初めて気付いた。日本では子供の臓器移植は認められていない。そのために寄付金を募って渡米して手術を受ける話が美談としてメディアに取り上げられたりする。日本で子供の臓器移植ができないという問題を本気で取り上げるメディアがないこと。言われてみれば確かに変な国だな。焦点を絞ってあるだけで、医療って他にも多くの問題があるんだろうな。
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『東京島』  桐野 夏生
2008-08-26 Tue 01:05
東京島東京島
桐野 夏生

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 ヨットでの旅行中に遭難した隆と清子夫婦。与那国島での過酷な労働から抜け出したものの遭難した若い男性達、銃を突き付けられながら島に降ろされた中国人達。彼らは周囲を激しい潮流で囲まれた南海の無人島で、脱出もできず救出もないでいた。
 島は若者達によって「トウキョウ島」と呼ばれ、「シブヤ」「ジュク」「コウキョマエ」などの地名が付けられた。どことなく弱々しいトウキョウ人達と、ヤンをリーダーに高いサバイバル能力を持つ「ホンコン」と呼ばれる中国人達はテリトリーを別にして暮らしている。
 清子が漂着してから5年。32人中で中年とはいえたった一人の女性である清子は男性からもてはやされていたが、次第にその権力を失いつつあった。夫の隆が死に、島で結婚したカスカベも死に、清子の結婚相手は2年ごとにくじ引きで決めることになる。ノボルとの結婚生活を終えて2回目のくじ引きの日から物語は始まる。
 くじによって記憶喪失のGMと結婚した清子だったが、ホンコンが不法投棄されているドラム缶から船を作ったことを知った。ヤンに取り入って船に乗せてもらうも、船は嵐を抜けたと思ったらトウキョウ島に戻っていた。GMは記憶を取り戻してリーダーになっており、清子がホンコン達と逃げたことをワタナベが吹聴したことでますます除者にされていく。しかし彼女が妊娠したことで、再び注目されるようになった。父親はGMこと森軍司かヤンなのかは時期的に微妙であるが、清子は森軍司の子だと言い張る。
 再びトウキョウ島に戻ってからは隠れるように生活していたホンコン達だったが、彼らは船を持つ別の漂着者達と一緒にいた。それを見付けた清子は、子供の父親はヤンだと言い張って何とか船に乗せてもらおうとする。船は修理中だったが8人乗りである。選出は船の持ち主であるフィリピン人歌手のマリアに委ねられていた。

 桐野さんワールド全開のすごい話だった。いや、読んだのまだ4作目くらいだけど。グロい気持ち悪さを放ってるのに先を読みたくなる。
 彼女の手にかかると無人島生活も何かどす黒いんだけど、『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』よりも現代味を感じる。普通に考えて、今の日本人ががロビンソンのように逞しく生きることは不可能なわけで、追い詰められたらこうなっちゃうだろうなって思う。
 彼女が描くのは人間が持つ欲望なんていう純粋なもんじゃなくて、年齢を重ねるほどに培われるどす黒い物のように思う。しかしまあ相変わらず、女性なのによくもここまで女性を醜く描けるもんだ。本当に女なのかと疑うこともあるくらい。この作品では清子は女であることを唯一最大の武器にするけど、傲慢であり身勝手であり、それを自己正当化して考えている姿に女性らしさは微塵とも感じない。妊娠した時に、女性ホルモンがあったことに驚いたくらいだ。
 清子だけじゃなくて、ワタナベや森軍司なんかもそう。人間のマイナス面が汚く描かれてるけど、衣食に関わる欲求以上の物が上手いこと描かれてる。極限状態で獣化するんじゃなくて、宗教を持とうとしたり、文化を築こうとしたりと、遭難物を一歩超えた創造性を持つ物語になっている。しかもそれが微妙に上手くいかないのがまた、桐野さんらしくもありリアル。
 清子がフィリピン女性の船に乗せてもらいたくて、産まれた男女の双子をダシにしてる辺りで残りのページが少ないことに気付いた。どうやってこの短いページ数で終わるの!?と心配していたら、スパッと切り捨てるように潔い終わりを迎えて驚く。度肝を抜かれた最後の数ページだった。
 これまで大人数の男と中年女性1人だったけど、中年女性がいなくなって若い数人の女性が数人現れたらこういう小集落のようになっていくのが人間の性質なんだろうな。
 『残虐記』では「新潟少女監禁事件」を、『グロテスク』では「東電OL殺人事件」を彷彿とさせる・・・ていうかモデルにしてるっぽいけど、この話もどっかで似たような事件を聞いたことある。調べてみると、「アナタハン島事件」というやつだった。設定がちょこちょこ被ってるんで、元ネタと思って間違いないだろう。この事件で唯一の女性は若かったけど、敢えて中年女性で年齢の澱のような醜さを描き切っている桐野さんが恐ろしくもある。
 
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