元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
『あたたかい水の出るところ』  木地 雅映子
2017-04-11 Tue 00:46
あたたかい水の出るところ
木地 雅映子
光文社   2012.04.18
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 高3の「わたし」こと大島柚子は、銭湯「松の湯」をこよなく愛し、生き甲斐にしている。ある日いつも通り松の湯を堪能してから外に出ると、高そうなバイクが停まっていた。湯上りのテンションで調子に乗ってバイクにいたずらをしていると、持ち主の大学生・瀬田川福一と言い合いになる。
 和み系で癒し系の「わたし」は、家では恋愛至上主義で自分勝手な長女、神童だったために親の期待を過度に受け根暗な内弁慶に育った三女、朝早くから夜遅くまで働いて滅多に家にいない父、家事のほとんどを「わたし」に任せて妹の教育費のためにパートに勤しむ常に不機嫌な母との4人家族で、誰とも衝突しないようのらりくらりと生きていた。


 のほほんとした序盤に、小3の時に感じた地下を流れる温泉のうねりを感じた体験、サウナでトリップした体験が効いてるほんわか小説かと思ったら大間違いだった。友人に恵まれ、何も考えてなかった就職先も先方から望まれ、お風呂の事以外は何も考えないでぽや~っと生きている幸せそうな地の文のなのに、家庭のドロドロが重苦しい。無意識ながらそれを必死に包み込もうとしているように見えた。
 主人公は柚子だけど、核は母親かな。三女に過度の期待をし、家事のほとんどは柚子に任せ、八つ当たりし、挙句に就職したら家から通ってお金を入れろ。つまり家政婦兼搾取用の子になれってあからさまに言ってるのに、自分がどれだけ歪んだ事を言っているのか気付いていない。期待を掛けた三女の心が壊れつつある事にも気付かないで、三女のためだけに家族を動かそうとしていて、その醜さがじわじわと柚子の笑顔を塞いでいくようで恐ろしかった。
 柚子と福一が体験した世界、「悟り」ってやつかと思ったけど共有できるんならやっぱりどこかの精神世界に行ったんだろうか。そのトリップがあってさえ存在感が薄かった福一が迎えに来てくれたのは、忘れていたとはいえ若干唐突だったように思う。
 ファーストコンタクトは印象最悪で、後々惚れられるという王道に何か引っ掛かりを覚えるのは、柚子が福一のバイクにいたずらしたせいだろうか。お気に入りの銭湯に不釣り合いだからって理由だけでバイクにシャンプー垂らすとか、正直民度が低い。せいぜい、うっかりシャンプーこぼしたって程度にしていて欲しかった。セカンドコンタクトがトリップで、次がもう待ち伏せって展開が早過ぎる。
 さらに、あれだけあの不思議な世界に留まろうとした福一が急に心入れ替えて求婚っていうのも唐突過ぎて、もうちょっとワンクッション欲しい。求婚まで飛ばさないで、傍にいてくれってくらいだったら納得いったような・・・いや、やっぱ唐突だな。唐突と言えば、ゴミ捨て場で予言を告げて立ち去ったおばあさんも然り。あくまで個人的な好みなんだけど、不思議現象は柚子と福一の精神世界だけにしておいて、あとはあくまでリアリティが良かったかな。章題にある「魔法使いのおばあさん」は、平松さんでしたってオチの方が、平松さんの存在の面白さと有難さが際立つような気がする。
 でも、のらりくらりする柚子追い詰めていく母親から、福一が救ってくれて良かった。柚子の存在が福一にとっての救いになるようで、良かった。ずっと影の薄い父親だったけど、最後に柚子に居場所を作ってくれて良かった。あの家庭が出来上がった責任の一端は父親にもあるとは思うし、あの母親の元から柚子を連れて行ってからの離婚はかなり難しいだろうけど、せめて穏やかな余生を過ごして欲しい。

 作者名、数回調べてもまだ読み方を忘れる。「きじ かえこ」さんと読むそうだ。きっと後でこれを読み返した時もまた忘れてそうだと思って、ここに記しておく。
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『邂逅の森』  熊谷 達也
2016-08-15 Mon 08:43
邂逅の森
邂逅の森
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熊谷 達也
文藝春秋   2004.01.28
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 第131回直木賞、第17回山本周五郎賞受賞作品。大正時代に東北地方の阿仁でマタギとして生きた松橋富治の半生を描いた物語。
 貧しい小作農の家に生まれた富治は、父や兄同様マタギを生業に生きていくつもりでいた。しかし地主の一人娘・文枝を孕ませた事により村を追われて、炭鉱で働く事になる。
 炭鉱夫として一人前になった富治が面倒を見ることになったのは、小太郎という悪い奴ではないが一筋縄ではいかない見習い鉱夫だった。ひょんな事から小太郎から尊敬を受けて慕われるようになったために、富治は仕事仲間達から頼りにされる存在となる。
 その小太郎が雪崩で九死に一生を得たことで鉱夫を辞めると言い出した。一緒に自分の村に来て狩猟組を作る提案を一旦は断った富治だったが、射止めたクマを手土産に小太郎の村を訪れる事にした。
 小太郎の家には両親の他に、男漁りに勤しむ姉のイクがいた。そのイクと結婚するという条件付きで村に住まわせてもらう事になった富治は狩猟組を作り、頭領(スカリ)を勤める。
 一人娘のやゑを嫁に出して再びイクと二人で生きて行こうとした矢先、長年熊の肝を買い取ってくれていた喜三郎を介して文枝に会う事になった。富治と文枝の間の子・幸太郎は継父と折り合いが悪かったが、とうとう家出した。富治に会いに来たに違いないと言う。富治の留守中に幸太郎とイクが会ってしまい、イクは富治のためにと家出をしてしまう。イクを説得して連れ戻した富治は、山の神様にタテを収めてマタギを辞めるべきか問うために、狩りに出た。

 深くて濃い・・・。濃厚過ぎて一体どこまであらすじとして書いたらいいのか悩んだ末、結局ほとんど書いてしまったように思う。どんな生き方をする富治も省けなかった。
 マタギ=猟師さんという知識程度しかない私は、冒頭のアオシシ(ニホンカモシカ)狩りで惹き込まれた。方言とマタギ用語が入り乱れる厳しい寒マタギの世界が、幻想的ですらある。でも幻想と言っちゃうと、寒マタギの過酷さが霞んじゃう気がする。想像を絶する世界なんだろう。用語やしきたりが独特だけど、物語の進行を損なわない程度にわかりやすく説明されていて狩りの臨場感が迫りくるような物語だと思う。
 山では完全なる男社会の中でありながら、村での生活で性の話が物語に彩りを付けている。箱入り娘で男を知らなかった文枝との密会に夢中になる富治は、狩りに身を置く姿とは真逆の情動的な様子だった。「夜這い」は現代の考え方から見ると犯罪だけど当時は女性も当然と受け止めて、むしろ楽しみにしている事に驚かされる。ところが地主は夜這いの風習を良しとない人間で、そんな点にも近代思想が少しずつ浸透し始めているところが伺えた。
 地主の差し金で鉱山で働く事になった富治は、文枝に夢中で歯止めが利かなかった頃とは一転してまたストイックで男らしい。寡黙で目上を敬い、目下にも敬意を払っているように見える。前半ではマタギ衆の中でも最若手でいつか腕を認められたいという野心を持ち、文枝との逢瀬を止められない若さ溢れる姿だったのに、村から出て一人立ちするとこんなに立派な青年だったとは。鉱山での生活も、鉱夫を辞める時も、イクを娶るか迷う時ですら、自分と向かい合うとために行動した先に結果が待っているという姿勢が格好良かった。
 「邂逅」とは何だったのか。最初は、獲物との「邂逅」だと思った。読み進めると、もっと荘厳な自然との「邂逅」かと考え直した。でも結局、マタギとして生きた富治が自分自身と「邂逅」したのかなぁと思っていたところに、マタギを辞めるか悩んだ富治が山の神に聞こうと猟に出てヌシを負うと決めたシーンを読んで、神との「邂逅」だったのかと思った。神というか、運命というか・・・。それとも、人との「邂逅」の度に新しい世界が開けていった富治の人生だったのか。
 生きたいという本能よりイクの顔を思い描いて力を振り絞り、使い物にならなくなった足を切断して歩き始めた富治の鬼気迫るシーンは、恐ろしささえ感じた。そこで!?ってとこで終わったけど、その先には穏やかな幸せしかなさそうで、波乱に満ちながらも実直に生きた富治の人生が今後は穏やかである事を願ってしまう。 
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『チーム・バチスタの栄光』  海堂 尊
2008-12-20 Sat 21:33
チーム・バチスタの栄光チーム・バチスタの栄光
海堂 尊

宝島社 2006-01
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 東城大学医学部病院の誇る心臓手術左心室縮小形成術「バスチタ手術」は、アメリカから招聘した桐生臓器制御外科助教授を中心に構築された「チーム・バスチタ」によって非常に高い成功率を誇っていた。ところが立て続けに3件の術死が起こる。
 不定愁訴外来の「俺」こと田口公平は、この件についての内部調査を院長から依頼された。全くの専門外であり院内の出世争いから早々に身を引いていた「俺」は戸惑ったが、リスクマネージャー委員会の検討事案に該当するかの予備調査をしてほしいとの頼みを引き受ける。
 次の手術は三日後。アフリカの少年ゲリラ兵へのバチスタ手術はメディアから注目を浴びているだけでなく、失敗は国際問題に発展するかもしれないというプレッシャーも帯びていた。
 たまたま3件の失敗が起こったのか、医療事故なのか、それとも何者かの故意によるのか。この件を引き受けた田口は、「チーム・バチスタ」のスタッフ全員の聞き取り調査から始める。

 2005年に『チーム・バチスタの崩壊』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞。賞自体に歴史が浅いこと、賞のネーミングセンスが胡散臭いこと、医療問題を扱うと聞いて何だか敬遠していたこと、何やかんやで全く読む気はなかった。でも、映画化、ドラマ化とあまりにも話題だったことと、私が好きな討論番組で海堂尊さんがゲストとして来てたことがあって、ようやく図書館で予約を入れた。人気すぎて、何か月待ったかわからない・・・。
 読み始めても、用語が難しいからゆっくりとしか読めなくて難儀した。漢字で書かれる医学用語は、日本人ならその字面を見れば何を意味してるかわかる。でも日常用語とはかけ離れてるんで、ひとつひとつを理解しつつ読もうとしたら進まないことこの上ない。飛ばし読みが苦手なんで、じりじりしながら読んでった。
 3件の手術失敗は、たまたま3件続いただけなのか、医療事故なのか、事件なのか。素人が読んでも見当がつかない。だからこの本がどういう方向に向かっていくのか全くわからないまま、4件目の謎の術死が起こっても“これ、ちゃんと面白く終わるのかな?”と雑念に囚われまくりながら読む。
 でもその後登場した外部からの調査者、厚生労働省の役人「ロジカルモンスター」の白鳥が来てからようやく事件として進んでいく方向が決まって安心して読めるようになった。ロジカルモンスターのロジカルがあんまりロジカルじゃないのは置いといて、人を追い込みながら尋問していくやり方が結構面白い。パッシヴ・フェーズだのアクティブ・フェーズだの、その他大量のカタカナ用語は正直その場限りの理解だったけれども。
 主人公・田口の一人称で語られているのに、彼の影は薄い。濃い他の登場人物達の中では平凡な人物なのかと勘違いしそうになるけど、時折挟まれる回想シーンでは味わいある人物のように描かれたりする。そんな彼による冷静な思考が結構面白い。
 でも最後は、犯人はしっかりと不幸になって欲しかったな。あまり重い罪には問われないような終わり方がモヤッとする。殺人を題材に扱うんなら、ちゃんと罰せられて欲しい。現実の医療事件が罪に問いにくい物が多いとしても、フィクション内くらいすっきりしたいじゃないか。でも事件後の病院側の対応はいい。高階院長の頭の良さに感心しつつ読み終えた。
 日本の医療問題は、恥ずかしながらこの本を読んで初めて気付いた。日本では子供の臓器移植は認められていない。そのために寄付金を募って渡米して手術を受ける話が美談としてメディアに取り上げられたりする。日本で子供の臓器移植ができないという問題を本気で取り上げるメディアがないこと。言われてみれば確かに変な国だな。焦点を絞ってあるだけで、医療って他にも多くの問題があるんだろうな。
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『東京島』  桐野 夏生
2008-08-26 Tue 01:05
東京島東京島
桐野 夏生

新潮社 2008-05
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 ヨットでの旅行中に遭難した隆と清子夫婦。与那国島での過酷な労働から抜け出したものの遭難した若い男性達、銃を突き付けられながら島に降ろされた中国人達。彼らは周囲を激しい潮流で囲まれた南海の無人島で、脱出もできず救出もないでいた。
 島は若者達によって「トウキョウ島」と呼ばれ、「シブヤ」「ジュク」「コウキョマエ」などの地名が付けられた。どことなく弱々しいトウキョウ人達と、ヤンをリーダーに高いサバイバル能力を持つ「ホンコン」と呼ばれる中国人達はテリトリーを別にして暮らしている。
 清子が漂着してから5年。32人中で中年とはいえたった一人の女性である清子は男性からもてはやされていたが、次第にその権力を失いつつあった。夫の隆が死に、島で結婚したカスカベも死に、清子の結婚相手は2年ごとにくじ引きで決めることになる。ノボルとの結婚生活を終えて2回目のくじ引きの日から物語は始まる。
 くじによって記憶喪失のGMと結婚した清子だったが、ホンコンが不法投棄されているドラム缶から船を作ったことを知った。ヤンに取り入って船に乗せてもらうも、船は嵐を抜けたと思ったらトウキョウ島に戻っていた。GMは記憶を取り戻してリーダーになっており、清子がホンコン達と逃げたことをワタナベが吹聴したことでますます除者にされていく。しかし彼女が妊娠したことで、再び注目されるようになった。父親はGMこと森軍司かヤンなのかは時期的に微妙であるが、清子は森軍司の子だと言い張る。
 再びトウキョウ島に戻ってからは隠れるように生活していたホンコン達だったが、彼らは船を持つ別の漂着者達と一緒にいた。それを見付けた清子は、子供の父親はヤンだと言い張って何とか船に乗せてもらおうとする。船は修理中だったが8人乗りである。選出は船の持ち主であるフィリピン人歌手のマリアに委ねられていた。

 桐野さんワールド全開のすごい話だった。いや、読んだのまだ4作目くらいだけど。グロい気持ち悪さを放ってるのに先を読みたくなる。
 彼女の手にかかると無人島生活も何かどす黒いんだけど、『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』よりも現代味を感じる。普通に考えて、今の日本人ががロビンソンのように逞しく生きることは不可能なわけで、追い詰められたらこうなっちゃうだろうなって思う。
 彼女が描くのは人間が持つ欲望なんていう純粋なもんじゃなくて、年齢を重ねるほどに培われるどす黒い物のように思う。しかしまあ相変わらず、女性なのによくもここまで女性を醜く描けるもんだ。本当に女なのかと疑うこともあるくらい。この作品では清子は女であることを唯一最大の武器にするけど、傲慢であり身勝手であり、それを自己正当化して考えている姿に女性らしさは微塵とも感じない。妊娠した時に、女性ホルモンがあったことに驚いたくらいだ。
 清子だけじゃなくて、ワタナベや森軍司なんかもそう。人間のマイナス面が汚く描かれてるけど、衣食に関わる欲求以上の物が上手いこと描かれてる。極限状態で獣化するんじゃなくて、宗教を持とうとしたり、文化を築こうとしたりと、遭難物を一歩超えた創造性を持つ物語になっている。しかもそれが微妙に上手くいかないのがまた、桐野さんらしくもありリアル。
 清子がフィリピン女性の船に乗せてもらいたくて、産まれた男女の双子をダシにしてる辺りで残りのページが少ないことに気付いた。どうやってこの短いページ数で終わるの!?と心配していたら、スパッと切り捨てるように潔い終わりを迎えて驚く。度肝を抜かれた最後の数ページだった。
 これまで大人数の男と中年女性1人だったけど、中年女性がいなくなって若い数人の女性が数人現れたらこういう小集落のようになっていくのが人間の性質なんだろうな。
 『残虐記』では「新潟少女監禁事件」を、『グロテスク』では「東電OL殺人事件」を彷彿とさせる・・・ていうかモデルにしてるっぽいけど、この話もどっかで似たような事件を聞いたことある。調べてみると、「アナタハン島事件」というやつだった。設定がちょこちょこ被ってるんで、元ネタと思って間違いないだろう。この事件で唯一の女性は若かったけど、敢えて中年女性で年齢の澱のような醜さを描き切っている桐野さんが恐ろしくもある。
 
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『陰日向に咲く』  劇団ひとり
2008-06-25 Wed 00:53
陰日向に咲く陰日向に咲く
劇団ひとり

幻冬舎 2006-01
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 芸人・劇団ひとりが書いた話題の小説で、5人の駄目人間を描く短編集。

1話目「道草」
 重大な仕事を任される立場にもあり、妻も娘もいる「私」。しかしホームレスに憧れてホームレス生活をしていたことがあった。ある日、有名野球選手が父親を探しで雇った探偵がやってきた。ホームレス達の間大ボラ吹きで有名な男であり、「私」が尊敬していたホームレスのモーゼが父親だった。
 モーゼが野球選手と一緒に暮らすために公園を出て行った後、「私」は一人の青年ホームレスとコンビニ弁当を取り合っている時に我に帰って家に帰ることにした。好奇心からモーゼの段ボールの家に入っていると、一人の男から声を掛けられた。しばらく刑務所に入っていたという男は、その段ボールの家の本当の持ち主、つまり野球選手の本当の父親だった。
 してやられた感じと、腑に落ちない気持ちを同時に味わった。でもホームレスになりたいって、何かわかる気がするなぁ。全てを捨てたいって気持ちってたまに湧きあがってくるよね。ただ、多くの人がやっぱり捨て切れなくて自分の地位を守るんだけど。

2話目「拝啓、僕のアイドル様」
 マイナーアイドルであるミャーコの熱心なファンである「僕」は、ミャーコへの愛なら誰にも負けないと自負する。ミャーコにパソコンやブランド物などをプレゼントするために極貧生活までしているが、ファンである以上愛は一方通行だ。ミャーコがゴールデンタイムの番組に出ると知って楽しみにしていたが、役割は健康番組でドロドロ血液の「ドロ子」。見ていられなくなってテレビは消したものの、愛するミャーコのために番組のホームページに色んな人になりすましてミャーコを絶賛する書き込みを百件以上書きこんだ。その甲斐あってかミャーコは、今度は同じ健康番組の生放送にスタジオ出演することになった。そこでの放送事故で、彼女は一躍有名になる。「僕」は心の痛みを感じながら、ミャーコから卒業する日が見えるようになる。
 以前極貧のあまりコンビニの廃棄弁当を取り合ったホームレスと再会したが、社会の勝ち組になっていて「僕」にブランドもののスーツを買ってくれた。その男に電話をして「社会復帰できました」と報告すると、彼は自分のことのように喜んでくれた。
 最初は度を越したオタクの話かと思ったら、最後の話でちょっと切なくなった。ミャーコは「僕」の小中学時代の同級生で、かつて一度だけ現実の恋をしたYさんだった。つまり「僕」はミャーコにしか恋をしたことがない。私は外見に気を使わないオタクは正直キツいと思ってたけど、この「僕」の今後は応援したい。普通の恋ができるといいですね。でも「僕」が外見重視なら、いたずらに彼女いない歴=年齢を更新するだけだよね。

3話目「ピンボケな私」
 飲み会の席で皆が将来の夢を語る中、何も考えてなかった「私」は勢いで「カメラマンになる」と言ってしまった。その嘘を嘘じゃなくするためにデジカメを買ったが、説明書を読む気になれず、パソコンの設定もできないからプリンターで印刷することもできず、メモリーカードのこともわからない。仕方なく、
本体に保存できる16枚が限度の使い捨てカメラだと割り切ることにした。
 ある日、親友ミキの大学の飲み会にお邪魔した時に出会ったタクミ君に恋をした「私」。遠まわしなアピールが利いたのか、後日タクミ君から誘いが来た。居酒屋で飲んだ後にタクミ君の部屋で体の関係を持ち、付き合うことになったのだと浮かれていた「私」。しかしその後タクミ君と音信不通になったために彼の部屋を訪ねると、ケータイを失くしたと言っていた。タクミ君の部屋には友達が来ていたけど、友達が買出しに行ってる間にセックスをした「私」と「タクミ君」。友達が戻って来てタクミ君が出て行った後、今度は土下座されてその友達ともセックスをしてしまう。
 この女、最後までアホすぎる。ミキについての叙述トリックはお~!と思ったけど、それにしてもこんな女のどこが良かったんだろうか?放っとけない感じ?女の私にはわからない部分なのかもしれない。とりあえず、顔はいいんだろうな。
 
4話目「Over run」
 ギャンブルにはまり過ぎて多重債務者になってしまった「俺」。借金は気が付けばどうにも返せないほとに膨らんでいて、自殺をしようとするも逆に自殺しそうな若い女に生きるための説教をしていた。そんな「俺」が思い付いたのが振り込め詐欺。失敗を繰り返した後につながった電話は、「俺」を「健一」と呼ぶ老女だった。「健一」になりすました「俺」は、その後毎日その老女に電話して色んなことを話す。しかし借金の返済日はどんどん迫り、意を決してお金のことを切り出そうとした「俺」。何とか50万円を用意してもらえることになり、友達に取りに行かせると行って自分で老女のアパートに向かった。しかしその老女と会う直前、老女は心不全で亡くなっていた。
 単純かもしれないけど、これはきた。特に最後の手紙が。老女は全て知っていて、「俺」と「健一」を重ねていた。「健一」の母親と自分を重ねようとしていた。そこにささやかな幸せを感じたであろう老女に泣けた。このアホンダラはちゃんと更生したのかなぁ。

5話目「鳴き砂を歩く犬」
 鳴子は不幸な自分に気付き、東京に行くことにした。東京には、かつて修学旅行で東京に来ていた鳴子にしょうもないギャグを聞かせまくった挙句にお尻を出して警察に連れて行かれた男がいる。その男を好きになっていた鳴子は東京でいくつもの劇場を見て回るが見付けられず、やがて手持ちのお金がなくなる。ストリップ劇場で下働きをさせてもらおうとしていた矢先、そこのショーで司会をしていたあの男を見付けた。相変わらず全く面白くないその男―プードル雷太に、鳴子はコンビを組むことを提案する。
 雷太は鳴子が苦手だったが、鳴子が作ったネタはお客さんを笑わせることができる。しかし雷太には全く面白く感じなかった。以前修学旅行生にネタの一環でお尻を出そうとして警察に連れて行かれた雷太は、警察署でジュピター小鳥というストリッパーと出会った。自分のことをヌードアートと言う彼女と共に働くことになった雷太は、ずっとジュピターさんに心惹かれていた。
 体調が悪いと言って劇場を休んだジュピターさんを見舞いに行った雷太は、アメリカ兵のジュピターさんの彼氏と揉めたことをきっかけに芸人を辞める決意をする。最後の最後に、「アメリカ兵をぶん殴った話」というネタを作って、鳴子とのコンビを解消する。

 それぞれの話が微妙にリンクしているこの話。ホームレスごっこのおっさんはオタク男とコンビニの廃棄弁当を取り合ったことがあり、娘がカメラマンを目指すことになったアホ女だ。そのアホ女がタクミ君を追いかけて写真を撮りまくってたところを自殺の可能性ありと駅員室に連れて行った駅員がギャンブラーで、振り込め詐欺の電話をかけた老女がジュピターさん。お金を取りに行ったアパートで老女の葬式にいたのが年をとった雷太だ。
 些細過ぎて見落としかけた共通点が、「アメリカ兵をぶん殴った話」をするおっさん。「道草」では主人公がモーゼと呼ぶホームレス。「拝啓、僕のアイドル様」では主人公の高校時代、好きだった女の子が引っ越す日に電車で泣いた主人公に説教する爺さん。「ピンボケな私」ではタクミ君と体の関係を持った日に浮かれてタクシーで帰る主人公が、タクシーの中で聞いたラジオにリクエストをしていた人のペンネーム。「Over run」では老女のお通夜にただ一人いた老人。「鳴き砂を歩く犬」でそれが雷太だったことがわかり、「Over run」の老女がジュピターさんだったことがわかる。最後の最後で本人が出るとは。
 人間関係が混乱しそうだったから図にしたら、

陰日向に咲く


 図が汚いとか置いといて、見事に四角くなってまた驚き。この図は最初、雑紙の裏に手書きしたけどあまりにも汚かったんでペイントで書いてみた。エクセルにすりゃ良かった。いや、そんなことどうでもいいんだけど。
 諸事情で読むのがこんなに遅くなったけど、流行りに乗り遅れまくったのがちょっと悔しくなるくらいには面白い。芸人にしてはとかじゃなくて、普通に作品として面白い。売れ続けたのには書いた人の知名度も大きいだろうけど、劇団ひとりではなく川島 省吾で出してたとしても結構売れたと思う。話もいいし、構成もすごくいい。何より何人もの視点で描けるこの引出しの多さはすごい。主人公によって語り口が全く違うのも上手い。
 この本が出てから2年以上経つけど、もう書かないのかな?また書いてほしいけど、私は劇団ひとりの芸人としてのネタも結構好きなんだよね。お笑いは知性がないといけないとは思うけど、作家っていうわかりやすい知性があまり定着し過ぎるとお笑いとしては難しいと思うなぁ。そういうイメージとかを凌駕する面白い芸人かつ作家になってくれると、それはそれで面白い。
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