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2008-08-26 Tue 01:05
ヨットでの旅行中に遭難した隆と清子夫婦。与那国島での過酷な労働から抜け出したものの遭難した若い男性達、銃を突き付けられながら島に降ろされた中国人達。彼らは周囲を激しい潮流で囲まれた南海の無人島で、脱出もできず救出もないでいた。 島は若者達によって「トウキョウ島」と呼ばれ、「シブヤ」「ジュク」「コウキョマエ」などの地名が付けられた。どことなく弱々しいトウキョウ人達と、ヤンをリーダーに高いサバイバル能力を持つ「ホンコン」と呼ばれる中国人達はテリトリーを別にして暮らしている。 清子が漂着してから5年。32人中で中年とはいえたった一人の女性である清子は男性からもてはやされていたが、次第にその権力を失いつつあった。夫の隆が死に、島で結婚したカスカベも死に、清子の結婚相手は2年ごとにくじ引きで決めることになる。ノボルとの結婚生活を終えて2回目のくじ引きの日から物語は始まる。 くじによって記憶喪失のGMと結婚した清子だったが、ホンコンが不法投棄されているドラム缶から船を作ったことを知った。ヤンに取り入って船に乗せてもらうも、船は嵐を抜けたと思ったらトウキョウ島に戻っていた。GMは記憶を取り戻してリーダーになっており、清子がホンコン達と逃げたことをワタナベが吹聴したことでますます除者にされていく。しかし彼女が妊娠したことで、再び注目されるようになった。父親はGMこと森軍司かヤンなのかは時期的に微妙であるが、清子は森軍司の子だと言い張る。 再びトウキョウ島に戻ってからは隠れるように生活していたホンコン達だったが、彼らは船を持つ別の漂着者達と一緒にいた。それを見付けた清子は、子供の父親はヤンだと言い張って何とか船に乗せてもらおうとする。船は修理中だったが8人乗りである。選出は船の持ち主であるフィリピン人歌手のマリアに委ねられていた。 桐野さんワールド全開のすごい話だった。いや、読んだのまだ4作目くらいだけど。グロい気持ち悪さを放ってるのに先を読みたくなる。 彼女の手にかかると無人島生活も何かどす黒いんだけど、『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』よりも現代味を感じる。普通に考えて、今の日本人ががロビンソンのように逞しく生きることは不可能なわけで、追い詰められたらこうなっちゃうだろうなって思う。 彼女が描くのは人間が持つ欲望なんていう純粋なもんじゃなくて、年齢を重ねるほどに培われるどす黒い物のように思う。しかしまあ相変わらず、女性なのによくもここまで女性を醜く描けるもんだ。本当に女なのかと疑うこともあるくらい。この作品では清子は女であることを唯一最大の武器にするけど、傲慢であり身勝手であり、それを自己正当化して考えている姿に女性らしさは微塵とも感じない。妊娠した時に、女性ホルモンがあったことに驚いたくらいだ。 清子だけじゃなくて、ワタナベや森軍司なんかもそう。人間のマイナス面が汚く描かれてるけど、衣食に関わる欲求以上の物が上手いこと描かれてる。極限状態で獣化するんじゃなくて、宗教を持とうとしたり、文化を築こうとしたりと、遭難物を一歩超えた創造性を持つ物語になっている。しかもそれが微妙に上手くいかないのがまた、桐野さんらしくもありリアル。 清子がフィリピン女性の船に乗せてもらいたくて、産まれた男女の双子をダシにしてる辺りで残りのページが少ないことに気付いた。どうやってこの短いページ数で終わるの!?と心配していたら、スパッと切り捨てるように潔い終わりを迎えて驚く。度肝を抜かれた最後の数ページだった。 これまで大人数の男と中年女性1人だったけど、中年女性がいなくなって若い数人の女性が数人現れたらこういう小集落のようになっていくのが人間の性質なんだろうな。 『残虐記』では「新潟少女監禁事件」を、『グロテスク』では「東電OL殺人事件」を彷彿とさせる・・・ていうかモデルにしてるっぽいけど、この話もどっかで似たような事件を聞いたことある。調べてみると、「アナタハン島事件」というやつだった。設定がちょこちょこ被ってるんで、元ネタと思って間違いないだろう。この事件で唯一の女性は若かったけど、敢えて中年女性で年齢の澱のような醜さを描き切っている桐野さんが恐ろしくもある。 |
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2008-06-25 Wed 00:53
芸人・劇団ひとりが書いた話題の小説で、5人の駄目人間を描く短編集。 1話目「道草」 重大な仕事を任される立場にもあり、妻も娘もいる「私」。しかしホームレスに憧れてホームレス生活をしていたことがあった。ある日、有名野球選手が父親を探しで雇った探偵がやってきた。ホームレス達の間大ボラ吹きで有名な男であり、「私」が尊敬していたホームレスのモーゼが父親だった。 モーゼが野球選手と一緒に暮らすために公園を出て行った後、「私」は一人の青年ホームレスとコンビニ弁当を取り合っている時に我に帰って家に帰ることにした。好奇心からモーゼの段ボールの家に入っていると、一人の男から声を掛けられた。しばらく刑務所に入っていたという男は、その段ボールの家の本当の持ち主、つまり野球選手の本当の父親だった。 してやられた感じと、腑に落ちない気持ちを同時に味わった。でもホームレスになりたいって、何かわかる気がするなぁ。全てを捨てたいって気持ちってたまに湧きあがってくるよね。ただ、多くの人がやっぱり捨て切れなくて自分の地位を守るんだけど。 2話目「拝啓、僕のアイドル様」 マイナーアイドルであるミャーコの熱心なファンである「僕」は、ミャーコへの愛なら誰にも負けないと自負する。ミャーコにパソコンやブランド物などをプレゼントするために極貧生活までしているが、ファンである以上愛は一方通行だ。ミャーコがゴールデンタイムの番組に出ると知って楽しみにしていたが、役割は健康番組でドロドロ血液の「ドロ子」。見ていられなくなってテレビは消したものの、愛するミャーコのために番組のホームページに色んな人になりすましてミャーコを絶賛する書き込みを百件以上書きこんだ。その甲斐あってかミャーコは、今度は同じ健康番組の生放送にスタジオ出演することになった。そこでの放送事故で、彼女は一躍有名になる。「僕」は心の痛みを感じながら、ミャーコから卒業する日が見えるようになる。 以前極貧のあまりコンビニの廃棄弁当を取り合ったホームレスと再会したが、社会の勝ち組になっていて「僕」にブランドもののスーツを買ってくれた。その男に電話をして「社会復帰できました」と報告すると、彼は自分のことのように喜んでくれた。 最初は度を越したオタクの話かと思ったら、最後の話でちょっと切なくなった。ミャーコは「僕」の小中学時代の同級生で、かつて一度だけ現実の恋をしたYさんだった。つまり「僕」はミャーコにしか恋をしたことがない。私は外見に気を使わないオタクは正直キツいと思ってたけど、この「僕」の今後は応援したい。普通の恋ができるといいですね。でも「僕」が外見重視なら、いたずらに彼女いない歴=年齢を更新するだけだよね。 3話目「ピンボケな私」 飲み会の席で皆が将来の夢を語る中、何も考えてなかった「私」は勢いで「カメラマンになる」と言ってしまった。その嘘を嘘じゃなくするためにデジカメを買ったが、説明書を読む気になれず、パソコンの設定もできないからプリンターで印刷することもできず、メモリーカードのこともわからない。仕方なく、 本体に保存できる16枚が限度の使い捨てカメラだと割り切ることにした。 ある日、親友ミキの大学の飲み会にお邪魔した時に出会ったタクミ君に恋をした「私」。遠まわしなアピールが利いたのか、後日タクミ君から誘いが来た。居酒屋で飲んだ後にタクミ君の部屋で体の関係を持ち、付き合うことになったのだと浮かれていた「私」。しかしその後タクミ君と音信不通になったために彼の部屋を訪ねると、ケータイを失くしたと言っていた。タクミ君の部屋には友達が来ていたけど、友達が買出しに行ってる間にセックスをした「私」と「タクミ君」。友達が戻って来てタクミ君が出て行った後、今度は土下座されてその友達ともセックスをしてしまう。 この女、最後までアホすぎる。ミキについての叙述トリックはお〜!と思ったけど、それにしてもこんな女のどこが良かったんだろうか?放っとけない感じ?女の私にはわからない部分なのかもしれない。とりあえず、顔はいいんだろうな。 4話目「Over run」 ギャンブルにはまり過ぎて多重債務者になってしまった「俺」。借金は気が付けばどうにも返せないほとに膨らんでいて、自殺をしようとするも逆に自殺しそうな若い女に生きるための説教をしていた。そんな「俺」が思い付いたのが振り込め詐欺。失敗を繰り返した後につながった電話は、「俺」を「健一」と呼ぶ老女だった。「健一」になりすました「俺」は、その後毎日その老女に電話して色んなことを話す。しかし借金の返済日はどんどん迫り、意を決してお金のことを切り出そうとした「俺」。何とか50万円を用意してもらえることになり、友達に取りに行かせると行って自分で老女のアパートに向かった。しかしその老女と会う直前、老女は心不全で亡くなっていた。 単純かもしれないけど、これはきた。特に最後の手紙が。老女は全て知っていて、「俺」と「健一」を重ねていた。「健一」の母親と自分を重ねようとしていた。そこにささやかな幸せを感じたであろう老女に泣けた。このアホンダラはちゃんと更生したのかなぁ。 5話目「鳴き砂を歩く犬」 鳴子は不幸な自分に気付き、東京に行くことにした。東京には、かつて修学旅行で東京に来ていた鳴子にしょうもないギャグを聞かせまくった挙句にお尻を出して警察に連れて行かれた男がいる。その男を好きになっていた鳴子は東京でいくつもの劇場を見て回るが見付けられず、やがて手持ちのお金がなくなる。ストリップ劇場で下働きをさせてもらおうとしていた矢先、そこのショーで司会をしていたあの男を見付けた。相変わらず全く面白くないその男―プードル雷太に、鳴子はコンビを組むことを提案する。 雷太は鳴子が苦手だったが、鳴子が作ったネタはお客さんを笑わせることができる。しかし雷太には全く面白く感じなかった。以前修学旅行生にネタの一環でお尻を出そうとして警察に連れて行かれた雷太は、警察署でジュピター小鳥というストリッパーと出会った。自分のことをヌードアートと言う彼女と共に働くことになった雷太は、ずっとジュピターさんに心惹かれていた。 体調が悪いと言って劇場を休んだジュピターさんを見舞いに行った雷太は、アメリカ兵のジュピターさんの彼氏と揉めたことをきっかけに芸人を辞める決意をする。最後の最後に、「アメリカ兵をぶん殴った話」というネタを作って、鳴子とのコンビを解消する。 それぞれの話が微妙にリンクしているこの話。ホームレスごっこのおっさんはオタク男とコンビニの廃棄弁当を取り合ったことがあり、娘がカメラマンを目指すことになったアホ女だ。そのアホ女がタクミ君を追いかけて写真を撮りまくってたところを自殺の可能性ありと駅員室に連れて行った駅員がギャンブラーで、振り込め詐欺の電話をかけた老女がジュピターさん。お金を取りに行ったアパートで老女の葬式にいたのが年をとった雷太だ。 些細過ぎて見落としかけた共通点が、「アメリカ兵をぶん殴った話」をするおっさん。「道草」では主人公がモーゼと呼ぶホームレス。「拝啓、僕のアイドル様」では主人公の高校時代、好きだった女の子が引っ越す日に電車で泣いた主人公に説教する爺さん。「ピンボケな私」ではタクミ君と体の関係を持った日に浮かれてタクシーで帰る主人公が、タクシーの中で聞いたラジオにリクエストをしていた人のペンネーム。「Over run」では老女のお通夜にただ一人いた老人。「鳴き砂を歩く犬」でそれが雷太だったことがわかり、「Over run」の老女がジュピターさんだったことがわかる。最後の最後で本人が出るとは。 人間関係が混乱しそうだったから図にしたら、 ![]() 図が汚いとか置いといて、見事に四角くなってまた驚き。この図は最初、雑紙の裏に手書きしたけどあまりにも汚かったんでペイントで書いてみた。エクセルにすりゃ良かった。いや、そんなことどうでもいいんだけど。 諸事情で読むのがこんなに遅くなったけど、流行りに乗り遅れまくったのがちょっと悔しくなるくらいには面白い。芸人にしてはとかじゃなくて、普通に作品として面白い。売れ続けたのには書いた人の知名度も大きいだろうけど、劇団ひとりではなく川島 省吾で出してたとしても結構売れたと思う。話もいいし、構成もすごくいい。何より何人もの視点で描けるこの引出しの多さはすごい。主人公によって語り口が全く違うのも上手い。 この本が出てから2年以上経つけど、もう書かないのかな?また書いてほしいけど、私は劇団ひとりの芸人としてのネタも結構好きなんだよね。お笑いは知性がないといけないとは思うけど、作家っていうわかりやすい知性があまり定着し過ぎるとお笑いとしては難しいと思うなぁ。そういうイメージとかを凌駕する面白い芸人かつ作家になってくれると、それはそれで面白い。 |
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2008-06-19 Thu 00:57
高校時代は中距離走でインハイ1位を獲りオリンピックを狙えるとまで言われていた白石誓(チカ)は、走ることに苦痛を感じていた時にたまたまTVで見たロードレースに魅了された。自転車部のある大学に行き、卒業後した今はチーム・オッジに所属する。 ロードレースは見かけは個人競技だが実際はエースとアシストという役割分担があり、アシストの選手は自分の順位が下がってもエースを勝たせるために走る。エースの空気抵抗を軽減させるためにエースの前を走ったり、エースの自転車が故障すればホイールを差し出すのがアシストだ。チーム・オッジにはベテランエースの石尾や期待の新人伊庭がいる。大学時代はエースを務めた誓だが、アシストこそ自分向きであり、一番にゴールすることよりアシストでいることが好きだとその役割に徹していた。 5月半ばの大会、ツール・ド・ジャポン。トラブルで、序盤にアタックをかけたのはアシストとしてだったはずの誓が1位になる。そのことで誓は、チームの先輩から石尾に気をつけるように言われた。彼は自分以外のエースを認めない、以前強い新人・袴田を事故いに見せかけて下半身不随に追いやったのだと言う。 本屋大賞2位受賞作品。 この著者ってスポーツやらない人なのかな?競技のシーンでそう思った。くどくど語るし、影響は小さいけどあり得ないミスがあったり。水を飲み忘れるとか、下りが得意って同期に言われるまで気付いてないとか、プロ選手にはないと思う。でも私の持論では、スポーツ小説は語りすぎるよりちょい深く齧った素人がいい。このかなりマイナーな競技が深すぎることなく基本を押さえた形で描かれていて、とてもよくわかった。ロードレースって競技は存在程度しか知らなかったんだけど、実に奥深い。 私は野球が好きなんだけど、好きな投手はストッパーだ。バッターとしてなら川相のように異様にバントが上手い人とか、要するに地味だけど際立った特技を持ってチームを補佐する人が好きなんだよね。ゲームを引っ張るんじゃなくて、あくまで補佐。そんな私にとってアシストってポジションはものすごくヒットだった。 アシストが天職だと思う誓が偶然獲得した勝利。石尾が袴田を潰したという噂の真相は、ベルギーでの大会で彼がクラッシュして死んだことで闇に葬られたもんだと私は思ってた。しかしそこで誓は真実に気付く。と書くとミステリーみたいだよなぁ。実際ジャンルはミステリーにされてるみたいだけど、ミステリーとして読むと薄い。そういや人物描写も薄いな。石尾の堅物エースっぷりも、伊庭の天狗っぷりも、登場した元カノも、袴田の悪役っぷりも。ただ、薄いけど浅くなくて、そこがレースを引き立ててる感じもする。主役はあくまでロードレースで、それ以外は全部脇役、みたいな。いや、私の読み違いかもしれないけど。 でも香乃存在はやっぱ疑問。こんな書き方じゃ惚れっぽい尻軽女にしか思えないし、最後には自分のせいで誓が陸上を止めたのが心の爪痕ときたもんだ。どんだけヒロイン思考なんだ。まあ、美人らしいからいいか。私は基本的に、美人なら大抵のことは許されると思ってるから。 最後に誓がたどり着いた真相は、あっさりしてる上に中途半端だ。石尾を描ききれてなかったぶん、動機がちょっと物足りない。それを置いといて、その後もロードレースを堂々と走り続けられる誓は強い。最後の「あとは好きに走れ。で、できるだけテレビに映れ」には笑ってしまった。 「サクリファイス」の意味がわからなくてざっと調べたら、「いけにえ。犠牲。」だそうだ。アシストのこととしたら、勝利の「いけにえ」や「犠牲」になる。それだとアシストに誇りを持ってる選手に失礼だし、この小説の意味がちょっと違う気がする。石尾のことなのかな? |
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2008-03-15 Sat 22:59
2007年上半期芥川賞受賞作品。これまでの作品はタイトルが面白いものが多くて、『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(随筆)、『わたくし率、イン歯ー、または世界』、『先端で、さすわ さされるわ それええわ』といった具合だ。どれもタイトルからは内容は全く想像つかず、リズミカルな音が妙に印象に残る。これまでの傾向を考えると、今回の『乳と卵』はえらくシンプルだと思う。でも『乳と卵』の「卵」を「らん」と読ませる辺り、リズミカルさは健在かなって思う。どれも読んでないんであんまり偉そうなことは言えないんだけど。 『乳と卵』は2編収録。まずは表題作「乳と卵」。東京で生活している「わたし」の元に姉の巻子が豊胸手術を受けようと、娘の緑子を連れて大阪から上京してくる。母子家庭であり場末の飲み屋でホステスをしている彼女は、39歳にして胸を大きくすることに固執していた。しかし緑子とは上手くいっていない。緑子は全く口を利かず、伝えたいことはノートに書いていた。 芥川賞受賞時に話題になったのは、句点なしで長々と続く文章。読んでみるとリズム感があって、すっと入ってくる。言葉自体もわかりやすいために読みにくさはほとんど感じなかった。大阪弁っていうのも面白い。普段の生活で大阪弁はTVでしか聞かないって私からしたら、大阪弁=マシンガントークってイメージがある。偏ったイメージなんだけど、句点なしの長い文章に合ってる。だから身構えていたほどの読みにくさはない。そんな印象で読み始めた。 姉と姪を無難に傍観する「わたし」の語りとは別に、緑子の内心が日記風に綴られる。初潮を意識する年齢になって、生理への漠然とした恐怖感、生命を生み出す体になることへの嫌悪感を感じる少女。あ〜、ここんとこが「卵」なわけね。母親が「乳」でね、なるほど。親子のすれ違いみたいな。葛藤みたいな。れぞれの執着とか。純文学にしてはわかりやすいじゃないか。それとももっと深い意味を私が読み取れなかっただけとか? クライマックスでの卵は、純文学を素の感情で読んでしまう私には気味悪い展開だった。卵なしで親子がぶつかり合うんだったら、芥川賞取れなかったかもしれない。ていうか卵なしだったら展開がオーソドックスすぎるんだけど、そのオーソドックスさを卵で奇抜に仕上げてるような気がしてあまり魅力を感じなかった。ただ緑子の発する言葉だけ、ああ、色々もどかしかったんだなぁって思ったけど、それにしても卵は気味悪い。 読みやすい・わかりやすいの点、起承転結の明快さは好ましかった。でも、豊胸手術の根底に見え隠れする巻子の脆弱さって文学としてはありきたりだし、ラストの卵が気味悪いのと、そもそも純文学は苦手ってので、やっぱ面白いとは言いがたい。いつか純文学を理解できるようになるといいなと思いながら、今回も芥川賞を読むだけ読んだ。 同時収録の「あなたたちの恋愛は瀕死」は、自分に酔っているような女の語りによる物語。 知らない男性と出会ってそのまま性交するとはどんなことだろうかと想像し続け、着飾って街に出る。しかしそういう展開になりそうな出会いはないまま、化粧や服で自分を磨き続ける。 この話もリズミカルな長い文章だけど、「乳と卵」とは違った印象なのは標準語だからだろうか。妙なクレイジーさが見え隠れする。 |
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2008-03-08 Sat 21:15
不倫相手の赤ちゃんを誘拐した「私」こと野々宮希和子は、その子を自分の子供として育てるためだけに逃げ続けた。不倫相手に頼まれて堕胎した子供と錯覚しそうになりながらも、「私」はその子に「薫」という名前を付けて母親としての愛情を注ぐ。友人宅、素性の知れない女の家、女性ばかりで集団生活を営むエンジェルホーム、瀬戸内の小豆島と、薫との生活だけを考えながら逃亡し続ける。 後半は十数年後。4歳まで誘拐犯に育てられた薫は元の恵理菜という名前に戻り、成長して20歳になっている。好奇の目にさらされ続けた半生を送り、実の両親との関係は修繕できず、血のつながりはないのに野々宮希和子と同じように妻子ある人と不倫関係を続けている。そんな彼女の元に、かつてエンジェルホームで一緒に過ごしていたという千草という女性が訪ねてきた。 そう好きなジャンルの話でもないのに、とても引き込まれた。この逃亡生活はいつかは終わるということをわかってて読みながら、なぜか野々宮希和子が逃げ切ることを願ってしまう。 母性って言うと月並みになってしまうけど、野々宮希和子の行動は壮絶な母性だと思う。堕胎した直後に見たかわいい赤ちゃんを、つい抱いた。抱いたら庇護したくなったという、母性だろう。そういう女性の本能は説明されてはないんだけど、物語の中で表現されている。その巧みさに、犯罪者であるはずの野々宮希和子を応援してしまっていた。だからこそ、薫だった恵理菜が成長して辿った道が悲しい。 七日間しか生きられない蝉の話を考え続けて、千草がたどり着いた「八日目まで生きた蝉」の話。何となくピンボケに感じるけど、なんだか生きることの重さが迫って来るような話だ。 物語最後のニアミスが生む切なさが印象に残った。 今これを書いてて何となく「八千草薫」が頭から離れなくなったんだけど、どうしてくれよう。 |











