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元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
『ファーストラヴ』  島本 理生
2019-01-09 Wed 17:41
ファーストラヴ
ファーストラヴ
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島本 理生
文藝春秋  2018.05
売り上げランキング: 3,911



 アナウンサー志望の女子大生・聖山環菜が、父親を刺殺した。彼女のルポルタージュ執筆を依頼された臨床心理士「私」こと真壁由紀は、ルポ執筆の依頼をされる。偶然にも環菜の国選弁護人に選ばれたのは、由紀の夫の義弟・庵野迦葉。2人は協力しながら環菜との面会を重ね、本人もわからないと言う動機を探っていく。
 実の母親は検察側として出廷することになっており、現状不利な環菜のために協力し合っていた「私」と迦葉。2人は、次第に過去の確執とも向き合っていくことになった。

 
 大人しくて気弱そうで頼りなげな環菜ちゃんは、ずっと何か裏にある感じを秘めたまま話が進む。環菜ちゃんは自分のことを「嘘つき」と言い、母親は彼女を我が儘娘のように言い、元交際相手達は浮気性だとか虚言癖や感情の起伏の激しさを語る。何かを秘めてる様子だけど、語らないのか語れないのか、真実へは牛歩の歩み。だけど色んな人からの断片的な話を集めてようやく真実にたどり着く。
 環菜ちゃんは故意に何かを隠してるのかと思ったら、ずっと存在ない物として扱われてきた自分の不快感や恐怖感に蓋をすることに慣れ過ぎてしまってたんだね。性的な視線を向けられることから逃れさせてもらえないという、なかなか注目も理解もされにくい形の虐待にスポットが当たった話だった。弁護士も「軽い虐待」って言ってたけど、軽いために表面化しづらく、本人も不快感を説明できないまま無自覚のトラウマが残っている。こんなデリケートで壊れやすい題材、下手したら駄作で終わるところなのに、ちゃんと考えさせられる話になってるのが凄い。
 環菜ちゃんと同時進行で同じくらいゆっくりと進んで行く、「私」と迦葉の関係。「私」はルポのため、迦葉は裁判のために協力し合っていたけど、こっちはこっちで始めから過去になにかあった雰囲気を漂わせまくり。「迦葉君」「お義姉さん」と呼び合ってたのに段々呼び捨てで呼び合うようになっていって、これ絶対昔男女の仲になったってやつじゃん!と思ってたけどもっと深かった。父親の児童買春を知ると同時に自分も性的な目で見られていたことに恐怖した「私」と、母親に虐待され8歳から伯母夫婦に育てられた迦葉。心の友って言ったら安っぽくなってしまうけど、同類同士で安心を求めあったというか。
 タイトルの『ファーストラヴ』って、何を意味してるのかなぁ。環菜ちゃんの?由紀の?迦葉の?このタイトルとこの表紙は、ちょっと損してる気がするなぁ。より多くの人に知ってもらいたい虐待の形なのに、こんな不穏な作品を好む人には訴えかけが薄いし、恋愛物を好みそうな人には内容が合わないと思う。
 あと、主要人物が美形だらけなのはいただけない。環菜ちゃんがついつい橋本環奈ちゃんで脳内再生されてしまったのは置いといて、不細工だったら男性に押し切られる経験はそうなかっただろうから美形設定なのは必然。主人公の義弟が優秀で飄々としたイケメンっていうのも、ありがちかな。殺された環菜ちゃんの父親も血は繋がってないながらイケメンで、「私」も我聞さんから一目惚れされたって辺りで辟易し始め、実は我聞さんもメガネを取ると超イケメンときて、何だかなぁって思う。深い話なんだけど、安いテレビドラマみたいな締め括りで微妙。作者のコンプレックス?それとも、過剰反応してしまってる私がコンプレックス?
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『君の名は』  加納 新太  原作:新海 誠
2019-01-09 Wed 00:24
小説 君の名は。 (角川文庫)
新海 誠
KADOKAWA/メディアファクトリー (2016-06-18)
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 映画『君の名は。』のアナザーサイドストーリー。


「ブラジャーに関する一考察」
 東京に住んでいる男子高生・立花瀧は、時々朝起きると岐阜県の山奥に住む女子高生・宮水三つ葉と体が入れ替わる。女子の体に戸惑いつつ次第に1日をやり過ごすことに慣れていくが、女子として、または堅苦しい宮水家長女としては不自然極まりなく、携帯のメモ機能でやり取りする三葉を怒らせてばかりいた。


「スクラップ・アンド・ビルド」
 元の土建屋「勅使河原建設」の跡取り息子である勅使河原克彦は、町長である三葉の父と癒着している。その事に嫌気がさしつつも、責任や恩義で跡を継がざるを得ない状況を受け入れていた。勅使河原は、幼馴染の三葉と早耶香が町を出たいと愚痴る様子を静かに見守っていたが、オシャレなカフェがないなら作ればいいと提案する。


「アースバウンド」
 最近時々様子がおかしい姉を、不審に思う小学生の四葉。特に自分のおっぱいを揉んでいるのが疑問だった。
 ある日、ふとした拍子に自分と姉が作った口噛み酒は本当に酒になっているのか疑問に思い、自分が作った方の口噛み酒をこっそり味見してみた。
 その日のお神楽の稽古の時、四葉は突然意識が遠くなり、気が付いた時には知らない大人の女性の体に入っていた。目の前の女性にお神酒に悪戯をしたことを諭される。


「あなたが結んだもの」
 映画の舞台より20年前。歴史文化学を研究していた溝口俊樹は、宮水神社を訪ねた。宮司の娘・宮水二葉によると、宮水神社には竜退治の伝説が残っていると言う。俊樹は糸守町にある隕石湖から、竜とは隕石のことではないかと推測した。
 研究のためと何度か二葉と会ううちに、惹かれ合った二人は結婚し、二人の娘が生まれた2年後、二葉が病死した。二葉の死の悲しみが怒りとなり、二葉が入院も大病院への転院も拒んだのは宮水がムスビと呼ぶ人々の関係性を恨んだ。この町を根底から変える決意をし町長に立候補、当選した。
 20年後、隕石が糸守町落ちようとした時、三葉の姿をした別の人間が俊樹を訪ねてきた。


 散々話題になり尽くしてから映画を観て、浅く観ると面白い、深く考えると行き詰ってつまらない映画だと思った。何かもうちょっと深いとこがわかるかなぁと思ってアナザーサイドとやらを読んでみたんだけど、これまた浅い。あくまで別視点の話なだけで、そこに深みとか映画に描かれなかった設定とか疑問の答えとかは書いてなくてがっかり。
 そもそも読み物としてもいまいち面白くない。映画『君の名は。』のテンポあるストーリー運びが好きで、そこに主題歌の『前前前世』の疾走感がマッチしてて良かったんだったけど、この小説の作家さんは思考描写が堂々巡りしてるタイプ。うだうだダラダラと続くモノローグがつまらない。映画にはない点を描こうとしすぎてるせいなのか?この作家の特徴なのか?とにかく読んでてつまらなかった。
 結局『君の名は。』って、タイムスリップなのかパラレルワールドなのか。宮水家の女性に起こる体の入れ替わりは何なのか。何のために忘れていくのか。記憶だけじゃなく記録も消えていくのはなぜか。三葉と瀧に2年のタイムラグが起こったのはなぜか。 そして私的一番の疑問、平成生まれの若者が相手に名前を尋ねる時に「君の名は」なんて聞くか?「名は」って!
 ていうこの辺の疑問が宙ぶらりん過ぎる。不思議な力が謎のままなのは、まあいい。忘却の設定がやけに悲しく感じるのも、きっと原作者の思う壺なんだろう。でもタイムスリップなのかパラレルワールドなのかはかなり重要じゃない?まあ、パラレルっぽいかなと薄々思ってはいるんだけど、それだと別の並行世界では三葉達は死んでることになる。そう思いたくなくて、私はタイムスリップであって欲しいと思ってる。
 あれ?最終的に映画の感想になっちゃった。
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『カッコウの卵は誰のもの』
2018-12-18 Tue 11:23
カッコウの卵は誰のもの
東野 圭吾
光文社
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 元スキーヤーの緋村のもとに、娘が所属する新世開発社のスポーツ科学研究所副所長・柚月が訪ねてきた。スポーツ選手の才能を発掘するために科学的に研究している柚月は、ある種のスポーツに適した遺伝子パターンを発見した。スキー界期待のホープである緋村の娘・緋村風美がその遺伝子パターンを持っていることが判明したため、研究のために緋村自身の遺伝子パターンを調べさせて欲しいと言う。
 努力こそが才能に勝ることを理由に断った緋村。実は風美は緋村の子供ではなかった。風美が2歳の時に自殺した緋村の妻の遺品から、風美は緋村夫妻の子ではないことを調べ上げていた。19年前に起こった新生児誘拐事件と関りがあると思われるが、警察に相談することが出来ないまま月日が過ぎていた。
 一方、才能にも容姿にも恵まれた風美にスポーツライター達が注目し始めていたが、彼女を試合の出場メンバーから外すよう書かれた脅迫状が届いていた。ワールドカップを控えた彼女を動揺させないよう、柚月が広報担当と称して風美の身辺を監視することとなる。2通目の脅迫状が届いた直後、風美が乗る予定だったシャトルバスが何者かによってブレーキに細工されて事故を起こし、風美のファンを名乗る初老の男が重体を追う。
 その初老の男は風美を訪ねる前に父親の緋村を訪ねており、風美が天涯孤独の知人女性によく似ているためにDNA鑑定をさせて欲しいと言っていた。


 緋村の葛藤、風美の出生の謎、意識不明の初老男性の目的、脅迫状と事故の犯人の目的、服従させられている男子高生・伸吾、柚月の有能さなどなど。成り行きが気になる設定盛りだくさんで、東野ワールドをいつも通りワクワク読ませてもらった。でも、ラストがいつもに比べて弱いかなぁ。普通に面白い作品だと思うけど、「東野圭吾ブランド」とでも言ったらいいのか、普通の面白さを遥かに超える読後感を期待してしまう。読者を振り回しておいてラストでズシンとくる感じ来るはず、きっと来る・・・、あれ?そこまでない、みたいな。いつもより感動が弱かった。
 例えば風美の遺伝子Fパターンの秘密。父娘で血は繋がってないのに同じスポーツが得意な理由には必然があるはず、だって東野さんだもん・・・だと思って読み続けたけど、緋村の妻・智代に新体操の才能を持つ友人がいたのは偶然に過ぎないみたいでちょっとがっかり。期待し過ぎたのは自覚してるけど。
 バスに細工した動機もちょっとありがちというか、手垢が付いた感じがあるかな。そして、上条文也にはどうにかしてドナー提供を受けて生きて欲しかった。絶対、真実を受け入れる風美の傷心とそれを上回る生命の感動が待ってると思ったのに。
 さすがだと思ったのは、「カッコウの卵」の意味。風美を育ててきた緋村と、カッコウの托卵の話を掛けてあると思ったら大間違いだった。音楽に興味があったのに、遺伝子パターンによって才能を見出されてスキーの訓練を受けさせられる高校生の鳥越伸吾。受け継がれた才能を「カッコウの卵」とし、その才能は伸吾自身の物だから伸吾の好きにさせるべきという想い。私も人の親だから、子の才能を見出すことには興味ある。調べてわかるものならぜひ知りたいけど、それが子にとって幸せとは限らない。伸吾に音楽の才能がなくて鳴かず飛ばずのインディーズのまま壮年期半ばまで行ってしまう手痛い人生の可能性だって大きい。でも大人が先回りせず、子はきちんと自分の意志で考え、行動すべきなのかな。うーん、理想論だけどね。
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『百年泥』  石井 遊佳
2018-11-12 Mon 14:38
百年泥 第158回芥川賞受賞
石井 遊佳
新潮社 2018.01
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 「私」が日本語教師として滞在しているインドのチェンナイ市で、アダイヤール川が氾濫して百年に一度の大洪水が起こった。三日目に水が引いて外に出ると、アダイヤール川に架かる橋に百年分の川底の泥とゴミが積もっていた。人々はそこから、長らく会えなかった家族や友人を掘り出し、何事もなかったかのように連れて帰る。ふと「私」は、昨日まで理解できなかったタミル語がわかるようになっていることに気付いた。
 アダイヤール川の橋の上で「私」は、日本語クラスの生徒・テーヴァラージに声を掛けられた。絶世の美形である程度の日本語を操る彼は、いつも授業をかき乱して「私」を困らせている。交通違反でペナルティーワークをしていた彼が熊手で泥の中から様々な物を掘り起こしていくが、その度に「私」やテーヴァラージの奇妙な過去が紐解かれていく。


 わりと序盤の、インド人の重役は飛翔で出勤する件でとりあえず1回頭がパンクした。腕に翼を付けて飛んできて、着いたら翼を管理する係の人が翼干場(よくひじょうって読むの?)に並べていく。
 数年前にインドで洪水があったニュースを見た気がする。その時の話かな?と思って読み始めていた私は、飛んで出勤するというファンタジーがなかなか受け止められなかった。何とか論理的に理解しようと何度も読み返して、やっぱり翼を付けて飛んでいるんだとわかって衝撃。インド滞在記からの純文学で、芥川賞じゃないのか。
 読み始めはインド滞在記と思わせられたけど、泥の中から何年も前に行方不明になった人々が掘り起こされて誰かに連れられ普通に動き出した。さらになぜかアダイヤール川底の泥の中から次々に掘り出される「私」縁の品々、生徒達によって何度も脱線する日本語授業の話やら、テーヴァラージが子供の頃に見世物芸人父と旅していた話やら、「私」の母は人魚だったとかの回想が、息継ぎなしの感覚でどんどん起こる。どこまでが何の話か何度も見失いそうになったけど、不思議とつまらなくはなかった。
 泥から出てきたのは、人々の歩まれなかった人生が百年泥。それで全ての決着が着いたように納得がいった。私自身は良く知らないインドという国の、混沌のイメージが文字になってるような不思議な話だった。
 混沌、本当にこの言葉でしか説明できない。百年泥を目の前に、全て「私」の白昼夢なんだろうけど、もしかして本当にインドの混沌なのかも、とか考えてしまって面白かった。
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『ホテルローヤル』  桜木 紫乃
2018-10-05 Fri 15:44
ホテルローヤル
ホテルローヤル
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桜木 紫乃
集英社  2013.01
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 女子高生と教師の心中をきっかけ経営が傾き、閉鎖され、やがて廃墟となったラブホテル「ホテルローヤル」。そのホテルを軸に時間を遡りながら、大なり小なり関わって来た人々の行き詰った心情を描く短編集。


「シャッターチャンス」
 付き合っている男性に頼まれて、ヌード雑誌に投稿するための写真を撮影を承知した加賀屋美幸。気は進まないまま廃墟となったホテルローヤルに赴き、唯一使用感のある部屋で男に頼まれるがままポーズを取る。

 短大を出て13年目の美幸、という事は33歳くらいか。薹が立った女性と、再会した元上級生との恋人関係は、多分流れってやつなんだろうなと感じさせられる繊細な描写は凄い。ただ、面白くはないかな。
 計算された文章である事はもちろんの前提だけど、男の空虚を埋めるために自分自身を空虚にしていく感じが気持ち悪い。


「本日開店」
 「歓楽寺」の住職の妻である設楽幹子は、寺のために檀家4人の老人と交代で関係して、経済的に困窮している寺を助けることで容姿の劣った自分の役割を見出していた。しかし総代だった佐野家が代替わりし、老人ではなく比較的若い佐野敏夫に抱かれたことが奉仕ではなく快楽であることに戸惑う。
 別の日、幹子は建築会社の社長・青山の相手をしている時に、今は廃墟となったホテルローヤルの社長・田中大吉が死んだ話を聞かされる。その話の最中、幹子はかつて付き合っていた男から300万円を騙し取られた場所がホテルローヤルだったことを思い出す。
 誰も引き取りたがらなかった遺骨を預かっていた青山は、幹子に供養を託した。

 養護施設で育ち、劣った容姿のために里子になることもできないまま成長した幹子が心の拠り所を探したことを考えると哀れだと思う。
 寺の存続と、老人の萎れた欲望。人格者だけど男性として不能の夫と、自分の中の女性としての快楽。バランスの取れた需要と供給ながら、何だか絶妙に醜くて哀れで、変な嫌悪感を覚える。本尊の足元に置いたお布施が翌朝には消えていること、代替わりした佐野からのお布施だけは残り続けることが嫌悪感をさらに煽っていると思う。
 

「えっち屋」
 雅代の父・田中大吉がホテルローヤルを建ててから30年が経ち、雅代の母親が愛人を作って逃げてから10年が過ぎ、ホテルローヤルの3号室で心中事件が起こってから半年。雅代は父に代わって管理していたホテルローヤルを廃業することにした。
 営業を前日に終えて、アダルト玩具販売店「えっち屋」の営業・宮川に在庫を引き取りに来てもらった。世間話的に宮川の妻の話を聞いていた雅代は、ふと思い立って心中が起こった部屋で宮川とアダルトグッズを使おうと提案する。

 1話目、2話目で廃墟だったホテルローヤルが、閉鎖される日の話。ひとつ前の話で何気なく読んでいた田中大吉という人物が、急に実態を持って現れてびっくりする。そして1話目にあった3号室のベッドの乱れ、ボイラー室の鍵が開いていた件にも繋がってている。
 ただ、前の2話に漂う閉塞感と違って、前進する力強さや希望を感じて一旦ほっとできる話だったと思う。両親が自分もホテルローヤルも捨ててどこかに行ったというのに逞しくて前向きで、1話目や2話目の時代ではどこかで肝っ玉母ちゃんにでもなってて欲しい。


「バブルバス」
 高校受験を控えているが成績の悪い息子、学校へ行ったり行かなかったりの小6の娘、個人経営の家電販売店を畳んで大手家電量販店に再就職したものの収入が厳しい夫、狭い我が家で同居することになった気難しい舅、そんな家庭内の不満を、どこにも吐き出せない様子の恵。
 お墓にお経をあげてもらう予定だった住職のダブルブッキングで、突然5千円が浮いた恵。5千円あれば家計が非常に助かると知りつつ、恵は夫をホテルローヤルに誘った。

 ダブルブッキングで来なかった住職が、どうやら前話の幹子っぽい。西教と幹子が結婚して間もない頃っぽいから、2話目から10年前か。
 家業を畳んで家と土地を売りアパート暮らしになり、そのお狭いアパートも舅との同居でプライバシーも何もない。3話目でちょっと希望のある話になったと思ったら、また閉塞感が押し寄せて来て苦しい気分になる話になった。終盤で舅が死んだために少しさっぱりした様子を見せる恵に、リアルなあるある感を覚える。いや、私はまだ経験ないけど、たまに聞く話ではあるなぁって。


「せんせぇ」
 木古内の高校に単身赴任中の野島広之は、3連休に帰るとを妻に伝えないまま我が家のある札幌に向かった。5年前に結婚した妻が、実は自分に妻を紹介した校長と20年来関係を持っていたことを嫉妬することさえできないでいた。
 途中で会った生徒・佐倉まりあがなぜかずっとついて回る。札幌までの道のりで、彼女は両親が家を出て行ったと言う。
 佐倉まりあを追い払えないまま自宅マンションまで来た野島は、妻が不倫相手と家に入っていくところを見てしまう。

 突然今後が閉ざされた女子高生と、妻と尊敬する相手との不倫の受け止め方がわからないでいる高校教師。最後までホテルローヤルは出てこないけど、この2人が3話目の雅代が回想していた心中の二人のようだ。3話目に戻って、雅代が2人の死体を発見した時の回想を思わず読み返す。
 野島もまりあも、何で死を選んだのか。野島は絶望か、当てつけか。2人の間にどんな会話や了承があって一緒に死ぬことにしたのか、どうやって死んだのか。どちらに起こったことも、死ぬほどのことなのか。あんなに邪険にしていたまりあと、手を繋いで死んだのはなぜ?
 そこら辺の詳細を書き切ってしまわないところが、もどかしいけど美しいと思う。


「星を見ていた」
 60歳になる山田ミコは、ホテルローヤルで清掃の仕事をしていた。10歳年下の夫は優しいし毎晩ミコを求めてくるが、働かない男だった。
 愚直に働く彼女は、何度も流産しながら3人の子供を産んだ。成長した子供達の中で、真ん中の次郎だけが年に一度電話をくれる。その次郎が、ホテルローヤル内ミコ宛に現金3万円が送られてきた。会社が変わって給料が良くなったから送ったという手紙に書いてある。その翌日、次郎が殺人容疑で逮捕されたニュースを同僚から知らされる。次郎はミコに言っていた左官職人ではなく、
暴力団に入っていた。

 ただひたすら、真面目に黙々と生きているはずのミコには不幸が多過ぎる。それを不幸と思わずじっと耐えると、周囲の人が優しくなると思っている。いや、その通りなんだけど、そうじゃない方法もたくさんある。その方法を知らず、考えもしないで生きてきた哀れな老女に見える。もしかしたら知的障害があるのかもしれない。
 ホテルローヤル、全盛期と思われる。雅代の両親であるるり子と社長が出てくるが、既にるり子の不倫が始まっている様子で、閉鎖への歯車が動き出した気配もする章だと思う。


「ギフト」
 42歳の看板職人・田中大吉は、妻と息子がありながら団子屋の店番の若いるり子に夢中になった。
 時代はバブル後期、建築会社とリース会社から持ち掛けられたラブホテル経営の話に乗り気だったが、妻と義父からは反対されている。その反対を押し切って判を押した大吉だったが、妻は実家に帰り、義父からも足蹴にされてしまった。
 
 愚かな男の、愚かな夢の話。愚かな女の、行き当たりばったりの行く末を先に見ちゃってる話。3話目でまた一緒に暮らしていたことを匂わせていた田中大吉と元女房だったけど、2話目で元女房が遺骨を引き取らなかった訳がわかった気がする。別れた理由がホテル業を始める事だったのに、最期の言葉が「本日開店」だったら愛想尽きちゃうよね。
 ここまでずっとあった生き辛い人々、漂う閉塞感を眺めていたホテルローヤルがこうやって始まり、そこに華々しさもなかったことがこれまた悲しい終わりの始まりってやつだった。


 愚かなことは、幸か不幸か。主題は違うかもしれないけど、ずっとそう感じながら読んだ。愚かなことを不幸だと感じて心中した野島達は、荒廃の始まりを作っただけ。愚かながらも生きていくしかないと思った他の面々は、窮屈に感じながらも生きていく。どっちが良いのか、どっちもどっちなのか。
 何というか、自分の幸せを噛み締めたくなった読後感がある。
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