元司書による読書備忘録ブログ。思ったことは全部書き、何様気取りの感想だったり平気でネタバレしたりします。
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『月の満ち欠け』  佐藤 正午
2018-06-19 Tue 10:57
月の満ち欠け
月の満ち欠け
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佐藤 正午
岩波書店
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 15年前に事故で妻子を亡くした小山内は、娘・瑠璃の記憶を持つという7歳の少女・緑坂るりに会うために八戸から東京へやって来た。小山内は前世の記憶を垣間見せるるりに苛つきながら、彼女らと共通の知り合いである三角の事を思い出す。
 八戸の実家で母と暮らし、連れ子のいる恋人もいる小山内に、亡くなった妻の友人の弟・三角という男が訪ねて来た。彼は姉の友人の夫として訪ねたわけではなく、30年以上の長い物語を語った。
 三角が学生時代にバイトしていたレンタルビデオ店で、ひょんなことから瑠璃と名乗る年上の女性と知り合った。忘れられずに数少ない手掛かりの場所に通って再会を果たした三角は、人妻と知っても彼女にのめり込んでいく。もし死んだらもっと若い美人に生まれ変わって再会すると言った瑠璃は、その1週間後に電車のホームに転落して亡くなった。三角が初めて知ったフルネームは、正木瑠璃だった。
 彼女は小山内の娘・瑠璃に生まれ変わり、18歳になって三角を訪ねて行く途中で事故死。その後も別の胎児に宿り、母親に瑠璃と名付けるよう夢で語りかけ、生まれた後は7歳で原因不明の高熱からの回復をきっかけに正木瑠璃の記憶を少しずつ思い出していくのだと言う。


 物語の始まりが男女の揉め事調なせいで、物語の方向性をミスリードされてしまった。離婚した妻と子供?いや、婚外子を巡る問題?え、まさかのオカルト!?みたいな。時系列も視点もあちこち行き過ぎて混乱しかける。でもちゃんと考えれば理解できるように描かれている上に、構成の緻密さに鳥肌立つ。全体の主観が瑠璃でも三角でもなく、小山内氏という点も一番客観的で、得体のしれない空恐ろしさに加担していると思う。
 小山内ファミリーの話、三上の学生時代、正木の身を持ち崩してからの立ち直り。その間にちょいちょい挟まれる小山内氏とるりのやり取り。生まれ変わった先が全くの他人じゃない点も、場面展開があいまいな部分も混乱に加担し、何度か戻り読みして何とか理解できた。えーっと、三角青年と不倫した瑠璃は死後、三角の姉の友人の娘・小山内瑠璃に生まれ変わって18歳で事故死。で、正木が勤める工務店の娘・小沼望美に生まれ変わって7歳で事故死。で、小山内瑠璃の親友・緑坂ゆいの娘・るりに生まれ変わった。・・・なんだこの人間関係。
 何度死んでも、三角に会うために月の満ち欠けのように生まれ変わる。その執念が妙に淡々と描かれているところが、切ないと言うより不気味だった。どうでもいい描写は丁寧で美しいけど、三角の恋心や生まれ変わった瑠璃も、求めて止まないというより運命に身を任せているような感じ。出会えないもどかしさもないし、やっと会えた歓びも意外に静かだ。この独特な起伏のなさは、ドラマチック過ぎるより好きかも。
 残念なのは、瑠璃がちょっと思慮が浅い点かな。正木瑠璃は三角の前では掴みどころのないイメージだけど、夫・竜之介の前では大人しくて従順で何がしたいのかよくわからない。でもまあ、そういう女性はよくいるとは思うし、引っ張っていくタイプの男性と結婚して思考停止してる場合もよくある。けど、小山内瑠璃は、正木瑠璃の27年分の記憶があるならもっと要領良くやれるんじゃないのか。ランドセルのまま千葉から東京まで行くとか、高校卒業するまで父親の言いつけを守って三角に会いに行かないとか。次の小沼望美も、三角に連絡するために単身で正木のとこ行くとか、駄目でしょ。緑坂るいは成功したけど、その手段も27+18+7+7年を生きた女性のやり方とは思えない。で、やっと出会えたけど7歳の少女と50歳過ぎた男性の運命の再会。きっついわー。大騒動の挙句の再会に、三角にベタつくるり。これ三角、建設会社の部長を懲戒免職になるんじゃなかろうか。
 この、美しい純愛じゃなくて執着による歪んだ愛に思える点は、さすが直木賞受賞作だと思う。でも、終盤に出てきた小山内氏の妻・梢も、小山内氏の恋人の娘・みずきに生まれ変わってる可能性の部分は、妙に我に返らされて興ざめだった。そんなにあちこちに生まれ変わりがあってたまるかって。
 これ、男性じゃないと書けないと思う。年若い女性じゃこの執着は描けないと思うし、私は今まで大切に育ててきた我が子の中身が別の誰かに乗っ取られてるとか考えたくもない。7歳の娘が、50歳超えた男を女として愛してるとか醜悪だ。あと10年後に同年代の彼氏との他愛のない事で悩む陽であって欲しい。小山内氏の妻は、一体どんな気持ちで娘を三角に会わせようとしていたんだろうか。
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『影踏み』  横山 秀夫
2018-05-23 Wed 10:12
影踏み (祥伝社文庫)
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横山 秀夫
祥伝社
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 深夜、寝静まった民家に侵入して窃盗を働く「ノビ」。A級のノビ、刑事から 「ノビカベ」と呼ばれる泥棒・真壁修一が出所した。出迎える者はいなかったが、彼の内耳には双子の弟・啓二の声が響いている。
 15年前、空き巣で警察に追われるようになった啓二を嘆いて母親が家に火を放って無理心中を起こし、助けようとした父親も命を落とした。以来、真壁はノビとして生きるようになり、啓二は真壁の耳の中で真壁を助ける存在となっていた。
 2年前に捕まった事件で、真壁は忍び込んだ家で違和感を覚えていた。その違和感の正体を探るため、真壁は自分の起こした事件の周辺について調べ始める。その他、計7作の連作短編シリーズ。


 悲痛な人生を歩みながら、頭脳明晰で寡黙な真壁がストイックでかっこよく思えて、リアルな犯罪シーンに手に汗握り見付からないで欲しいと願ってしまった。
 横山秀夫さんと言えば刑事ものだけど、これは犯罪者側を描いている。さらに、主人公の中に死んだ双子の弟が生き続けているという、私が知ってる横山さんの中では斬新な設定だった。
 母親が弟を殺したという過度のストレスから真壁の精神が作りだした人格なのか、本当に啓二の霊がそこにいるのか。意思の疎通はできるけど、思考は共有しないから完全に別人格なのは確かだ。真壁をよりも賢かった啓二の抜群の記憶力は発揮されてるけど、真壁自身も大学法学部を現役で合格する実力の持ち主だったんだから元々真壁の中に眠っていた能力が無意識に発揮されてる可能性もあるし・・・。
 かつての恋人と思しき安西久子も、辛い立場だ。幼馴染の双子の兄弟から言い寄られて片方を選んだらもう、もう片方がグレた挙句に親が無理心中。自分が選んだ方も犯罪者になり、刑務所へ。刑期を終えて突然訪ねて来て、やっぱり好きだと自覚していると彼は自分を突き放す。こんなに健気な久子が愛したかつての修一は、どんな男だったんだろうなぁ。
 唯一の光だと思われる久子の存在も遠ざけて、社会の暗い部分を歩く真壁はどこに向かうんだろうか。私はオカルト抜きで、啓二は真壁が作り出した幻なんだろうと思って読んだ。そうすると、久子と結ばれて欲しいと願っている啓二の気持ちは真壁の本心なんだと思えて、それでもノビを続けずにいられない真壁の心の傷が計り知れなくも辛い。
 そんな私に、ラストの啓二の告白はちょっとした混乱をもたらした。母親は啓二を逃がそうとしたけど、啓二は逃げずに母親と共に死ぬことを選んだ。つまり母親が啓二を殺したんじゃなくて、啓二が母親を追い詰めて死という形で独占したということ。これは啓二にしか知り得ない事柄なわけで、耳の中の啓二は本当に霊魂だったってこと?いや、真壁の想像がこのやり取りを生んだだけ?
 返事をしなくなった啓二は、消えたんだろうか?どこまでもついてきた影って、啓二なんだろうか、それとも心の奥底では啓二を憎んでいた真壁の本心なんだろうか。別人格か霊魂かは結局明らかにされなかったけど、読み終えたら霊魂であって欲しいと思うようになった。
 横山さんの丁寧だけど無駄のない研ぎ澄まされた表現力、久々に読んだけど相変わらず凄い。
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『対岸の彼女』  角田 光代
2018-04-05 Thu 01:27
対岸の彼女
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角田 光代
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 現在の小夜子の視点と、十数年前の葵の視点が交互に織りなす物語。
 3歳の娘を持つ専業主婦・小夜子は、どの公園に行っても母親同士の派閥関係に馴染めずにいた。娘のあかりが友人関係を築けない事も気になり始め、保育園に預ければ社交性も育つかもしれないと働きに出ることを決意する。
 面接を受けた小さな旅行会社の女社長・葵に気に入られた小夜子は、その会社の新事業である掃除代行業担当として雇われた。一緒に働くうちに葵のあっけらかんとした性格に引き込まれ、仕事そのものにものめり込んでいく。しかし家では、夫や姑の理解が得られず苛立ちを覚えることもあった。
 一方、高校時代の葵。中学時代にいじめられ、高校入学と同時に神奈川から群馬に引っ越して女子高に通い始めた。学校では何となく固まった地味なメンツとグループになった一方で、放課後はどのグループにも属さずにフラフラしている明るい少女・ナナコと親しくしていた。
 一年生の秋頃からターゲットを変えながら仲間外れゲームが始まったが、葵は自分がその対象にならない事だけを心配しながら地味に過ごす。ナナコのようにどのグループにも属さないで誰とでも仲良くする女子はハブられやすい。そうなった時に巻き込まれる可能性が高いと考えた葵は、自己嫌悪に陥りながらもナナコとは放課後しか離さなかった。
 一方ナナコはもし葵がハブられても絶対に味方するけど、ナナコ自身がハブられたらみんなと一緒になって自分を無視して安全でいて欲しいと言う。その恐れは、二年生で現実となった。
 夏休みに伊豆のペンションで泊まり込みのアルバイトをした二人は、そのまま家に帰らない事にした。バイトで貯めたおかねを節約しても減る一方で、カツアゲにまで走る。家に帰らない事を決意した時は「一緒だとなんでもできるような気がしていたが、ずっと移動しても「どこにもいけないような気がする」事に気付いた2人は、かつて葵が住んでいたマンションから一緒に飛び降りた。


 高校時代は人間関係にビクついた少女だった葵が、具体的には何歳か知らないけど三十数歳ではサバサバした飾らない明るい女性になっている。どう見てもナナコの影響を受けているんだろうけど、気の置けない楽しい女性だ。だけど何が悪かったのか、葵が決めた方針に不満を持つ女性から反目される。そして小夜子とも、急に心の溝ができてしまった。
 きっかけは小さい事なんだけどこうなっちゃうの、わかるわー。自分の中で勝手に被害妄想ぶちかましちゃうの、した事もされた事もある。
 小夜子は序盤では、人付き合いが下手なだけかと思ってた。母親同士の関係もそうだけど、夫・修二への不満も言えないでいるし、口うるさい姑からも嫌味を言われっぱなしで、人間関係が不器用な人という印象だった。ところが終盤で描かれた高校時代に仲間外れにされた事や、幼稚園ママ達に対する引きの態度、葵への嫌味シーンなんかを読んでると、愚かなんだと思えてきた。うーん、面倒くさい女!そしてその愚かさ私自身も似てる気がする同類嫌悪。
 結局女は女の人間関係から逃げられないものだよね。それを無視しちゃうと、足を引っ張られることがある。まさに女の敵は女。群れたがって、察してちゃんで、マウンティングが行われる中を上手に渡り歩いて自分の居場所を確保しないといけない。義務ではないはずなんだけど、気付いたら“いかに上手く渡り歩くか”を無意識に模索してる。もちろんそうじゃない人もたくさんいるんだけど、少なくとも角田さんの表現を好む人はこの世界を理解できる人が多いんじゃなかろうか。好むか好まないかは別として、ね。
 ほんと、どこにでもある女の世界の機微の描き方がリアルで上手い本だった。
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『愚行録』  貫井 徳郎
2017-12-21 Thu 11:44
愚行録
愚行録
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貫井 徳郎
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 高収入でイケメンの夫、お嬢様育ちの美しい妻、可愛い兄妹と、誰もが羨む幸せな家庭である田向一家が惨殺された。犯人は捕まる事なく一年が過ぎた頃、その夫婦を知る人々に取材をする人物が現れる。
 そのインタビューに交互に挿入される形で、謎の女性が両親から受けた虐待の思い出を兄宛てに独白のように語りかける。


 ネグレクトにより子供を死なせた田中光子の新聞記事から始まり、唐突に田向夫妻の近所に住む女性への取材が始まって面食らった。世間話を交えた話が終わったと思ったら、また唐突に「お兄ちゃん」と語りかける女性による両親からの虐待の話、次は田向妻の友人の話、虐待話、田向夫の同期の話・・・と続いていき、事件ではなく田向夫妻の人物像を掘り下げられる。と同時に、虐待の話は母親の暴力から父親からの性的虐待の話へと発展していく。
 物語の真意が全然わからないままでも読み進められたのは、美男美女で夫婦共に高学歴でお金持ちで人当りもいい田向夫妻の黒い部分が垣間見えるからだと思う。人の悪口は蜜の味、みたいな。特に慶応大学の「内部」「外部」の話は田舎者の私には別世界過ぎるけど、そこから見えてくる田向妻(旧姓、夏原)の腹黒さはぞくぞくした。
 「田中さん」の話が出た時に冒頭のネグレクト事件の話に繋がると思いきやそうでもなく通り過ぎ、次の話にどんどん進んで行ったかと思ったら最後に急に戻って来て驚いた。後半の加速が激しすぎて、理解できるけど気持ちがついていかない。
 『愚行録』のどこが「愚行」だったんだろうか。田崎夫妻が内に秘めた腹黒さは、人間としてありがちな事であって「愚か」とは言い難い。母親から暴力を受け、実の父親からも母親の恋人からも性的虐待を受け、大学時代にお金持ちと結婚することを夢見て次々に男と付き合って都合のいい尻軽女呼ばわりされている事に気付かないままで、のちに実の兄との子を設けた挙句に保護責任者遺棄致死させた女性の行いは、「愚か」というより憐れみしか覚えない。大学時代に慶応学生に弄ばれ続けた妹の存在を覚えていたという理由だけで女性を殺した兄も、「愚か」というより歪んで育った恐怖感しかない。でも、このタイトルは妙に心に突き刺さる。もしかして田向夫妻の腹黒い部分に共感してしまったり、どんなにヒエラルキーのトップに立ってても不幸な死によって崩壊した周囲からの上から目線だったりする人間そのものの事だったりとか。
 事件性を追う事もなく、人間性もそう深くなく、心に響く事もなく、でも完璧人間の黒い部分を覗き込みたくなって読み進めて行った私が「愚か」だったりとかするのかな。ま、私が愚かなのは、本の感想を探らなくても自他共に認めるところではあるんだけれども。
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『本バスめぐりん』  大崎 梢
2017-11-13 Mon 11:26
本バスめぐりん。
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 システムエンジニアだった照岡久志は、定年退職後に移動図書館バス「めぐりん」の運転手を務めることになった。これまでの会社勤めとは全く違う職業に戸惑いつつ、明朗快活な若き有能司書・梅園菜緒子ことウメちゃんとのコンビで市内を巡回する。
 久志はテルさんと呼ばれながら次第に移動図書館の仕事に馴染んでいく中で、「めぐりん」の周辺で起こる小さな問題・事件をウメちゃんと共に解決していく。
 人々の本との関りを描いていくほのぼの短編集。
 

「テルさん、ウメちゃん」
 久志がめぐりんの運転手になって2ヶ月半が経つある木曜日、とある利用者が大切な写真を本に挟んだまま返却してしまったという相談があった。該当する本は貸出中だったが、相談者がいる次のステーションで返却された。借り手の女性・寺沢は心当たりはないと言ったが、彼女の態度は明らかにおかしかった。

 コージーミステリーという名称、聞いたことはあっても初めて意味と一致した。ウメちゃん、ありがとう。私、本当に司書だったんだろうかと、我ながら思うわ・・・。
 1話目で設定を色々説明しておきたかったんだろうけど、時系列が急に戻ったりしてちょっと煩わしかった。久志の業務への戸惑いや、前任者の友人・賢一の適任ぶりを描きたかったのか?文字数稼ぎなのか?初出一覧によると隔月誌に掲載されてたらしいけど、例えば私が図書館業務が未知の世界だったとしたら序盤で読む気失っただろう。内容は面白いのに、それがもったいなかった。
 

「気立てがよくて賢くて」
 久志が「めぐりん」の運転手になって5ヶ月目。「めぐりん」が巡回するステーションの見直し会議で、利用者の少ない殿ヶ丘住宅街を削る案が出た。周辺に図書館やそれに代わる施設がないため、数は少ないながら熱心な利用者がいるステーションだ。七十歳前後と思われる男性・三浦などは到着後の開館準備を手伝ったり、何かと機転を利かせてくれる有難い存在だった。
 今のところ芳しくない方針に向かっているために悩む利用者と久志・菜緒子だったが、近くにある「たんぽぽ保育園」の子供達を呼び込めないかという案が出る。張り切る三浦に、年配主婦の若林は険しい顔で反対をした。
 そもそも二十年前に保育園ができる時、町内会が大反対したらしい。役所への申請は通っているため建物は完成したが、住民の要望を呑むこととなった。その要望の中に殿ヶ丘分譲地内の立ち入りを禁止する項目があり、たんぽぽ保育園園長は「めぐりん」の利用を例外的に認めるよう頼み込んだが却下されたらしい。

 移動図書館だけじゃなくて、図書館自体が「気立てがよくて賢い」存在だよなぁ。利用権利は全住民、古今東西の知識、思想、空想を内蔵して佇む。二千数百年の図書館史の中で最大のライバルであるインターネットが台頭し、電子化も進んでいって、もしかしたら未来に図書館はなくなってるかもしれないけど、でも概念だけはずっと残っていくだろうなぁ。図書室を充実させつつも、他所でも本と出会わせたいと考えた園長先生、素晴らしい。
 昨今問題になっている幼稚園や保育園建設反対の話がうまく絡んでて、前向きに頑張ろうとするウメちゃんや利用者が嬉しくて、ラストで和やかに移動図書館利用に向かう園児達が描かれていて、素敵な話だった。図書館は「みんなのもの」であり、ただ内包して、そこにあるだけ。使う側があれこれ衝突するのは悲しい話だ。できれば館長とか教育委員会とかが間に入ってくれたら良かったのになぁ。でも、数十年を経て解決して良かった。
 ただ・・・。殿ヶ丘住宅街は図書館または代替施設がないんだったら、数人の利用者の権利を踏みにじってステーション廃止にするのはおかしい。ウメちゃんが会議でそこを突いたら良かったのに。法の下の平等または学問の自由に反してますよって。ステーションが足りないなら予算を増やして人員を確保すべき。「めぐりん」2号的な感じで、中古のバンを用意するくらいは普通でしょ。市役所の公用車を調整してもらうとか。
 あとこれはイチャモンのレベルだけど、16ステーションがぎりぎりってのは少な過ぎ。私が勤めていた図書館は倍のステーションがあったよ。田舎は図書館、分館、公民館図書室さえ少ないからねぇ。16だったら週8ステーションで、かなり少なめに見積もっても午前2ステーション午後2ステーション1日4ステーション。移動図書館、週2日しか運行してない感じ?いやいや、運行日増やそう。人件費とガソリン代だけなんだから。
 図書館を題材にする本を読むたびにこういう事を考えちゃうから、我ながら粗探し人間だと思う。


「ランチタイム・フェイバリット」
 久志が移動図書館の運転手を務めるようになったのと同じ頃に、駅近のワーキングエリアに設けられたステーションに野庭という青年が通うようになった。読書の習慣はあまりなかったそうだが、カードを作って菜緒子に本を紹介してもらったりしているうちに「めぐりん」の常連になっていった。また彼は、菜緒子の気になる相手となっていったようだ。
 野庭が広場の一角に時々視線を送ることがあることを、何となく気にしていた久志と菜緒子。利用者同士も和気あいあいとしたステーションだったが、利用者がやたらと移動販売車「森のシチュー屋さん」のシチューを勧めてくることに気付いた。
 
 司書と利用者の恋、憧れるような、ちょっとやだなと思っちゃうような・・・。ま、実際のところ全く聞かなくもない話ではあるんだけど。
 謎そのものは大した事ではないし、私は淡い恋愛には特に全く興味ないし、11月下旬から話が始まったと思ったら急に4月に遡って出来事を追ってようやく11月に戻って来るという構成でちょっと目が滑って混乱して、取り立てて面白いとは思えない話だった。
 けど、ウメちゃんが野庭に本屋で気になる本があったら買うように勧めるシーンは大賛成の拍手喝采。「いっぱい借りて、いっぱい買って、いっぱい読む」って等身大のいい言葉だと思う。本を買うことで出版界に貢献し、支えないと図書館も困るわけで。本当に本当、皆、本買おう!


「道を照らす花」
 10月。宇佐山団地のステーションに引っ越してきたばかりの中学生・宮本杏奈が通うようになった。美しい顔立ちをした彼女は母親を亡くしたばかりらしく、ステーションのメンバーは何かと話しかけては気にかけていた。
 毎回本を借りていた杏奈だったが、ある2月の日、突然泣き出したまま何も借りずに立ち去ってしまう。利用者一同騒然となった。

 亡くなった母親から聞いたことがある移動図書館で、母親が好きだった『モモ』を借りてひっそりと偲ぶ様子がいじらしい。
 「本って、変わらないのがいい」。ウメちゃん、私も本当にそう思うよ。どんな気分で開いても同じ世界があって、同じ本を親子で読み継いで、大昔の物語さえ寸分変わらず存在する。紙や印字が劣化しても、中身は全く変わらないでこちらに語りかけてくる。知識ある全ての人間は、その語りかけを知ることができる。私は本のそういうとこが好きだと思うし、尊敬というか崇拝に近い気持ちを抱いている。「(中略)『モモ』の中身はこれからも変わらなくて、ふらりと手に取り開いたら、大好きな世界がそこにある。」本当、そこが本の素晴らしいところ。
 杏奈ちゃんが毎回借りていく本が『モモ』っていうのもいいよね。あれは本当に名作だ。ていうか、ミヒャエル・エンデは偉大。


「降っても晴れても」
 久志が「めぐりん」の運転手になって2回目の夏を迎える頃、「めぐりん」の存在を広く市民に知ってもらうために10月の市民祭りに参加する事になった。各ステーションの利用者達も様々なブースを出す事になっていて、話が盛り上がる。
 「めぐりん」をどう売り込むか意気込み過ぎて空回り気味の菜緒子だったが、野庭との距離が縮まらない事も久志は気になっていた。
 そんな中、図書館宛てに、移動図書館の運転手が特定の女性とばかり親しくし過ぎるという投書ハガキが届く。久志本人はもちろん、菜緒子にも心当たりはなかった。

 苦情の件はすぐ解決するんだけど、市民祭りで利用者もちょっとだけ浮足立ってるのが楽しい。当日は各ステーション利用者が市民祭りに参加していて、これまでの登場人物大集合。それぞれ交流はないけど「めぐりん」を仲介して繋がっていると思うと、暖かい気分になれた。もしかしたらテルさんとウメちゃんが、市民祭りでいい感じに繋いでくれるかもしれない。
 菜緒子と野庭の仲も少しずついい方向に進んでいるような、平行線のような。ま、相手も憎からず思ってるみたいだから、きっと段々と深まっていくんだろうよ。
 

 移動図書館として、いや図書館全体としての理想が詰まってて、私が本や図書館に対する想いもいい感じで散りばめられていて、読んでて嬉しくなる本だった。きっと私だけじゃなくて、本好き図書館好きは誰しも思っていることに違いない。それを上手く物語に組み込んであるところが見事で、ウメちゃんもテルさんも大好きになった。
 私も司書時代は移動図書館に乗ることもあったけど、こんな風に愛されてはなかったかなぁ。マイカー1人1台の田舎住まいで、本を借りたい人は図書館行くから利用者は少なかった。当然そのせいにしちゃいけないわけで、移動図書館を担当する事を軽視していた自分を思い出して恥じ入りながら読んだ。
 これ読むと、利用者として移動図書館に行ってみたくなる。ただ、万人受けの本ではないかな。題材の地味さはさておき、文章が何というか・・・女性がストレス解消で話す無駄話に似てる。始まったと思ったら話が飛んで過去になってて、いつの間にか現地点に戻ってて、どうでもいい回想入って、結末はふんわりとどうでもいい感じ。気付いたら相手の返事が明らかな生返事になってて・・・つまり、私の無駄話でもあるわけなんだけど。地の文である久志の視点すら女々しくて、女性作家による女性向け小説って感じ。
 ほんわか系は苦手だけど、移動図書館がテーマで「あるある!」とか「こんな感じ、まさに理ですわー」とか思えたからそれなりに楽しく読めた。でもテーマが例えば看護婦とかだったとしたら、最初の数ページで読むの止めてたと思う。
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